第2話

 次に真壁は弁護士村田晴人のもとにコンタクトを取った。

 意外にも村田晴人は何一つ隠すことなく喋った。

 そして村田晴人を取り調べ室に連れ、もう一度吐かせ、調書にサインさせた。

「あっさりと自供しましたね」

 村田が板垣幸弘にドラッグウイルスを渡したのは勇気づけのためだった。

 板垣幸弘の脳内チップはメモリー系のため、ドラッグウイルスをれても問題はないと踏んでいた。さらに板垣幸弘本人にもドラッグウイルスのことを伝え、サインもさせてインストールさせた。

「子供にカッターナイフを持たせる行為のつもりか」

 緑川は溜め息交じりに呟く。

「でも、カッターナイフよりはマシでは? あれだと実際に人は大怪我をしますし。ドラッグウイルスはあくまで悪いものを持っているということで余裕を持たせたかっただけでしょう」

「しかし、それが犯罪を生んだ」

「それには村田も驚いているようですね。メモリー系のため何の問題もないと考えていたらしいですし」

 もし村田が板垣幸弘に安全性を伝えていないなら、プラシーボ効果で暴走したと結ぶことが出来るが、村田は板垣幸弘に安全性を伝えていて、プラシーボ効果説は消えた。

 緑川は息を吐いた。

「本当にメモリー系だったのか?」

「チップ購入元を洗いますか?」

「すでに土佐が洗っている」

『お? 俺を呼びましたか?』

 土佐の声が室内に入ってきた。音の出所はパソコンからだった。

「いいから結果を報告しろ」

『学校推奨のチップは特注だったようですね』

「ほう? どんな特注だ?」


  ◯


 翌日、水亀大板高校2年D組はこの日もまたホームルーム後1時間目から自習となり、生徒間では少しざわついた。

 真壁はまた校長室へと通され、そこで

「連日、来られてもこまります。板垣くんの件は双方が和解して解決済みなのですから」

 学校は穏便に済ませようと池谷家には被害届を出さないように計らい、そして板垣家にはいじめの件を他言無用にすれば復学の約束と告げた。

「ええ。分かってます。貴方がたが何をしたのか。どのように丸く収めようとしているのかも」

「なら……」

「しかし、私は少年課でも生活安全課でもありません。サイバー犯罪捜査8係です。和解しようが、民事であっても、捜査は続きます」

「ドラッグウイルスについては弁護士が原因であると聞いてますが」

「お耳が早いようで」

「それなら本校は……」

「ただのメモリー系のチップではドラッグウイルスは無効です」

「……ええ」

 校長の顔色が悪くなった。

「それなのにドラッグウイルスは発症した。不思議ですよね?」

 真壁は校長から女教師の中川へと視線を向ける。中川教師は口を結んで、真壁を見つめ返している。

「板垣くんが挿れたチップは御校のメモリー系の推奨チップですよね。確か校内で簡単手続きで、指定されたクリニックで最速手術」

 中川教師は何も言わないので真壁が続きを話す。

「特注品だそうですね。なんでも生徒がどれだけ勉強したかを測り、そのデータを貴方達は定期的に抜き取っていた」

 それに校長が慌てふためく。

「そ、そんな仕様があったなんて知りませんでしたね。教頭も知らなかったよね?」

「え、ええ。初耳です」

「知らなかった? 抜き取った履歴があるのに?」

 真壁は校長ではなく、ずっと中川教師に向けて話す。

「抜き取ったのは勉強だけではないですね。いじめに関する情報も貴女は抜き取った」

 中川教師は目を閉じて息を吐いた。

「ええ。そうです」

「中川くん!」

 校長が非難の声を上げる。

「校長、警察はもう知っています。嘘をついても仕方ありません」

 そう言われて校長は渋い顔だけをした。

「真壁さん、貴方の言う通り、本校のチップは普通とは違ってました。しかし、それは知ってやっていたわけではないんです。初めは本当に知らなかったのです」

「そして知った後は……抜き取っていたと。いじめの件も知っていたのでしょ? 2年間理系クラスの担任を受け持っていたのはそういうことなんでしょ?」

「いじめの件は何も言えません」

 中川ははっきりと告げる。

「本件は和解で解決したので」

 校長と教頭も頷く。

「本当にいじめは解決したと?」

 中川は間を置いて答える。

「はい」

 真壁は溜め息を吐いた。

「先程も言いましたが、私はサイバー犯罪の捜査員です。いじめの件は管轄外です。ですが、ドラッグウイルスにより暴走した件で…‥貴女を逮捕します」

「どうして私が? そもそもメモリー系のチップでは何も起こらないはず」

「ええ。普通のなら」

「……確かに特注ですが、それでもドラッグウイルスを発症させることはないはずです」

「発症はしてませんよ」

「え?」

「あのドラッグウイルスはもともと気分を高揚させるものです。発狂させることはないんですよ」

「それなら板垣くんは……」

 真壁はノートをテーブルの上に広げた。

 そこには池谷からいじめを受けたことが詳細に書かれているもの。

「弁護士に具体的なことを書くように言われたのでしょう」

「だからいじめは──」

 真壁は続きを手の平を向けて制する。

「実はここ最近のいじめに関することが書かれていません。それは板垣くんが学校に相談した後からです。一見するといじめが陰湿になったとも考えられますがそうではなかった」

 中川教師は眉をひそめた。

「そう。貴女がいじめのデータを頻繁に盗んでいたからです」

「待って。データを抜き取るだけであって、データが消えることはないはず」

「普通は。けれどこれは特注のもの。さらに勉学とは関係のないプライベートなこと。無理に抜き取ると脳にも異常がきたします」

「それが……彼を発狂させたと?」

「ええ」


  ◯


「ご苦労だった。真壁」

 緑川は8係の部屋で真壁を労う。

 部屋にいる捜査員達も手を叩いて真壁を労う。

「やめてください。私は直接彼らに会って話をした程度です。皆さんの調査のおかげですよ」

「よし。ならこの話は終わりだ」

 緑川は手を一度はたいて、本当に話を終わらせた。

「頑張ったな新入り」

 隣席の土佐が肩を叩く。

「これで合格ですかね?」

 土佐は片眉を動かした。そして「だろうな」と言って口元を緩ませる。

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