第3話 学ぶ魔女
魔女とは後天的に魔力を得た女性を指す言葉だ。
では、男性の場合はどうなる? と問われれば、答えは「そんな者は存在しない」ということになる。
ユイマリールが頼りにした魔女は、魔物がうじゃうじゃ居る荒野を過ぎ、ドラゴンが棲むと言い伝えられている山奥の更に奥。自然が作り出した洞窟を抜けた先の森でひっそりと暮らしている。
10歳のユイマリールでは絶対に知り得ない情報だが、死に戻った彼女には以前の記憶があるから良い意味でも、悪い意味でも全てを知っていた。
(まさか、わたしが偽聖女だとバラされる可能性を潰すための政策がこんな形で役立つとはね)
かつてのユイマリールは魔女のくせに聖女だと偽って手始めに国を支配した。
そんな
そこで、自分と同じく魔女になった者を世界中から探し出し、見つけ次第、殺してしまおうと画策した。
結果的に今から10年後の未来で見つけ出した魔女は1人だけだったが、この手で命を奪ってからも同族を探し続けていた。
死に戻りした現在、手にかけた魔女だけを頼りに
比較的、口の軽いユイマリールだが身の上話は語らなかった。
師匠のお世話も押し付けられて休む暇はなかった。
幼少期は蝶よ花よと育てられ、成人してからは王太子妃として、そして王妃を経て、女帝へと上り詰めたユイマリール。
自分のことすら一人でしてこなかった小娘に人の世話が務まるはずがなかった。
「あぁ゛!! どうして布を縫い合わせる必要があるの!?」
「木の実固すぎ! どうして中身だけ出てこないの!?」
「重い! 水のくせに!」
肉体が幼児化すると精神も幼稚になるのか。はたまた重圧感から解放されたからか。元からの性格なのか。
とにかく、ユイマリールが
「魔女なら無口を貫きなさい」と。
たまに紅茶の温度が低かったり、高かったりすると眉をへの字にすることはあっても、それ以上の文句を言われることはなかった。
師匠の元では魔法についてだけでなく、普通の女の子についても多くを学べた。
裁縫、料理、洗濯、魔物の狩り、家畜の飼育、農作業。
加えて、薬品の調合、多言語。
本物の聖女だったとしても学ぶ機会のないものばかりだ。
どれもが初めての経験で最初は戸惑い、不器用で何度も失敗したけれど、没頭できることがあるということは今のユイマリールにとって何よりの救いだった。
弟子入り当初は毎日のようにうなされ、枕を濡らしていた。
突然、震え出して虚な瞳となる時もあったが、極限まで体力を使い果たした日はぐっすりと眠ることができた。
眠る必要のなくなった魔女にとって長い夜は苦痛でしかない。
過酷すぎる労働は夜を怖がるユイマリールを見兼ねた師匠の心遣いだったのか、はたまた気まぐれか。
無口な師匠の思考など誰にも分かるはずがない。
人里離れた山奥で伸び伸びと育ったユイマリールはかつての自分とは見ても似つかない成長を遂げた。
「このまま師匠の元で俗世から隔絶された場所で生きていくのが最適なのかしら」
普段から考えていることを口に出したのは12歳になった頃だ。
公爵領を焼き尽くしたあの日、雑に切ったワインレッドの髪はまた伸びて、手入れのおかげもあって艶々している。身体つきも女性らしくなりつつあった。
育った場所が異なり、以前とは違う経験をして、知識と技術を身につけたとしても中身が変わることはない。
黒歴史を思い出すだけで頭を抱えたくなる。
「もっと上手に魔法を扱わないといけないのに。このままだと、また二の舞になっちゃう」
この地に来てから身の回りのことはそつなくこなせるようになったが、魔力コントロールは納得のいくレベルには達していなかった。
「やっぱり、師匠のお世話ばかりじゃダメなんだ。もっと実践形式の訓練が必要なのよ」
魔法の打ち合いこそが魔力コントロールに最適だと認識している脳筋思考のユイマリールだが、師匠は決してそれを許さなかった。
あくまでも日常生活の中で魔力コントロールを学び、誰にも魔女であることを気づかれない領域までユイマリールを引き上げるのが目的だったのだ。
しかし、それを口に出していないのだから、ユイマリールが知るよしもない。
そんなある日、師匠が告げた。
「コラウディア王国。
「はい?」
受容も拒否もする間もなく、ユイマリールの足元に黄色い魔法陣が浮き出る。
まばゆい光に包み込まれたのは束の間。あまりにも強烈なめまいが襲ってきて、すぐに去って行った。
「ここ、どこ?」
初めて見る師匠の転移魔法。
ユイマリールが着地した場所は当たり一面を大樹が埋め尽くす巨大な森だった。
そこは地表や木の幹など至る所から冷気を吐き出し、立ち入った者の命を奪うと言われている危険地帯だ。
隣国、コラウディア王国の
そんな場所に降り立ったユイマリールは師匠の言いつけを無視して、ぶつぶつと文句を言いながら歩き始めた。
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聖女だと偽る魔女ですが、隣国の王様にはバレバレみたいです 桜枕 @sakuramakura
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