破
なんてこった、異動が決まった。異動っていうか買い取られることになったんだ。買い取り先はなんと…田中さんご一家だ。ありふれた名前なんて言っちゃいけない。そう、あの田中さんだ。ヤツだよ、田中利明のお孫さんだ。俺からしたら記憶にない家族が生えてきたようなもんだが、そりゃそうだろうな。田中利明は30代の頃には結婚もしてなけりゃ子供もいなかったんだ。
どうも、田中利明本人は死んでるそうなんだが、ヤツが会社に自分を売った代金としてたんまり手当を貰っていたらしく、その金を元に事業を起こして大成功したのが息子世代なんだそうだ。人生何が起こるかわからないもんだ。おっと、人格AIごときが人間様の人生を語っちゃいけねえな。
それで、一世代進んでその孫。結婚して子供が産まれるにあたって、そのベビーシッター役に俺をご所望らしい。爺さんはもう亡くなっているので、その代わりとなる俺に孫を見せてやりたいんだそうだ。正気か?そもそも俺は30代の頃の田中利明をベースに造られてるんだ。曽孫なんて想像もつかねえし子供の面倒も見たことなんてないんだぞ。
俺達は民間で購入できるような安っぽいペットロボットとは違って非常に高価だ。と言ってもイタリアン高級車一台分ぐらいだが。それくらい子供のためにポンと出せるんだから金持ちの考えることなんてよくわからない。中古だから多少値引きもあったんだろうが…安値で取引されるっつうのもあまりいい気分じゃないな。ペットショップの犬猫の気分だ。
俺達は仕事を請け負うにあたって事前知識の記憶パッケージをインストールされて任地に向かうことになる。この場合はベビーシッターパッケージだな。それを俺の頭にぶち込んで、俺は田中孫一家の元に向かうことになった。
驚いたことに、俺と田中の孫はなかなかに似ていた。兄弟と言っても通るかもしれない。まあ俺はロボットなんだが。一層親しみが持てそうだと田中家族では暖かく迎え入れてくれた。俺もなんだか家族が増えたみたいで少し嬉しかった。
問題はベビーちゃんだ。生後一年程度。保育園に入れるという手もあったが、できれば家で面倒を見てやりたいとのご両親の思いから俺がベビーシッター役として選ばれたらしい。
初対面―はなかなか感動的なものになった。赤ちゃんの見た目は父親であるお孫さんに似ていた。そうするとなんだか、俺の息子みたいに思えてくるのだ。要するに俺の外見にも似ている訳なのだから。抱っこして抱き上げると、胸に温かいものが込み上げて来るのを感じた。こんな高度な感情までこのAIに再現されていることに我ながら驚いた。
どうしてここまで高度な感情を再現する必要があったのか?ここまで高等な感情を持っていたって俺達は所詮ブリキのロボットに過ぎない。家庭を持つ自由も権利だってないんだ。社長も随分残酷なことをしやがったもんだとこの期に及んで思った。
一方で、面白くなさそうなのがお孫さんの妻―この赤ちゃんの母親だ。共働きで家にいられないのだからしょうがないが、この得体のしれないロボットにベビーシッターを任せるのが心配らしい。外観はダンナにそっくりだけどロボットらしく目も光るしあちこちパーティングラインが入っていたりする。そりゃ不気味だろうな。
ひとまず、光る目の問題については家の中ではサングラスをかけて過ごすことで解決した。俺達の視覚センサーは相当高度なものを積んでいるからこれくらいなんのこたあない。赤ちゃんはちょっとギョッとしていたが、数日見るうちに慣れたみたいだった。
赤ちゃんの世話ってのは大変だ。すぐ泣くし、言葉も喋らねえし、うんこも小便も垂れ流し。人類の文明もここ数十年でかなり進歩したが、紙オムツだけは辞められねえみたいだ。寝る、起きる、泣く、ミルク、おむつ、泣く、おむつ、ミルク、おむつ、泣く、おむつ、泣く、ミルク、寝る、起きる、泣く、ミルク、おむつおむつその繰り返し。気が狂っちまうぜ。
しかしまあ意外と言ったらなんだが、赤ちゃんの世話なんつうものは俺達ロボットに向いてる仕事なのかも知れない。我々ロボットは人類に奉仕するための存在であるからして、赤児の鳴き声に対する忌避感や嫌悪感はカットされている。まとまった睡眠時間なんてなくたってこまめに充電さえしていれば動けなくなることもない。嗅覚もないからオムツの交換だって朝メシ前だ。まあ俺達ロボットは飯なんて食わないんだけどな。(ロボットジョーク)
半年が経ったころ、俺はすでに赤ちゃんにメロメロになっていた。泣き声だって可愛いもんだし、笑った顔なんて愛おしくてたまらない。夕方になってママが帰ってくると、なんと俺から離れたくないと泣くんだ。これはもうたまらない優越感だった。
赤ちゃんと接していながら、俺は自身の血筋を残すことについて考えていた。生殖なんてのは動物的本能であって、俺達ロボットには最も縁遠いものだ。実際性欲なんてオミットされているし、女を見たからといって何も感じない。もちろん息子もカットされている。(ウワサによると、生殖器つきオプションなんてのもあるらしい、何をさせられるのか、考えるだけでゾッとするが)
そう、血筋を残すなんてことに意味はない。そんなの人間どもで勝手にやってくれって感じだ。それなのに、この赤児と接するときのこの気持ちはなんだろう。この高揚感、穏やかさ、ない心臓がドキドキするような気持ち―それはまさしく愛だ。
愛!!愛情!!なんて人間らしい感情だろう。俺達ロボット、人格AIにも愛を持つことができる。これほどまでに素晴らしい人格の証明があるだろうか。
いつの日か―俺達ロボットに人権が認められて、そうすれば家庭を持つことも許されるだろう。人権があって養育する機能があると認められたら、子供を持つことだってできるかも知れない。そう考えると胸が暖かくなるような気持ちになる。温度センサーは何も答えてくれない。
人権を与えるとして、その資格をどう考えるか。それはやはり高度な人格の有無だろう。俺は既にそれを証明している。やはり愛!愛が一番なんだ。愛こそ全て!
俺はルンルンになって今日の仕事のためスリープを解除した。赤ちゃんの元へ向かう。ハローベイビー、あなたのパパでちゅよ。ヤベ、誰かに聞かれてたりして。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます