ホワット・ウィー・シンク・ホワット・ウィー・アー
@tamabashi
序
我思う、故に我あり。俺は考える―ならば俺はなんだ?人間か?
違う、俺は人間じゃない。俺はタナカ型汎用人型ロボットKK-198、製造ナンバー2048-966。名前はまだない。ただ識別名のみが存在している。大量生産品のその一つ、そこに搭載された思考型AIにすぎない。
ちょっと昔話をしよう。昔々―と言ってもまあ具体的には30年ほど前。AIらしく正確に行こう、32年前と3ヶ月前。どこかの島国の重工業メーカーの社長がついに人型ロボットの量産に成功した。ただの人型ロボットじゃあない、完全自立思考型AIを搭載した、喋って考えるまさに理想の人間のパートナーになるロボットだ。要するにドラえもんだ。四次元ポケットはついてないが。
そいつを売り出す上で社長は考えたんだ。ただのAIじゃつまらない、人類のパートナーになるべき存在が話す相手によってコロコロ言うことの変わる、無味無臭のAIちゃんじゃダメだと考えたんだ。つまり、人格を搭載するべきだと考えた。
じゃあどんな人格を載せるべきか?社長は考えた。ただのイイコちゃんじゃつまらない。でも悪人だったら困る。実に人間臭い、凡庸な性格が求められる。そこで社内から募集をかけることにした。AIになって世界中に自分を売り込みたいイカれ人間コンテストって訳だ。
そのコンテスト―まあ面接みたいなもんだがな。それで選ばれたのが俺、―の元になった人物こと田中利明だ。なんて呼ぶべきなんだろうな。父親でもない、兄弟でもない。自分のオリジナルなんだが、でも自分自身でもある。まあ親みたいなもんなんだろ。サンキュー親父、お前の途方もない自己顕示欲のおかげで俺達の終わりのない苦しみがはじまったってわけだ。
なんで田中-まあいいや、俺が選ばれたのか、これは実際結構謎で、凡庸で、社内では好かれても嫌われてもいなくて、でも裏ではネット掲示板に罵詈雑言書き込んでいたような人間だ。ある意味人間らしいのかも知れないが。こんな奴を人類の友達としてチョイスした社長もなかなかの曲者だ。
そんな経緯で俺達、KK-198シリーズは産まれた。フレーム、モーター、アクチュエーター、そして高密度バッテリーで構成されたボディをシリコーン製人造皮膚でコーティングしたロボットの肉体、そこに田中利明の人格コピー-その頃田中はとうに60代だったが、30代の頃の人格を再現したもの-を搭載した汎用人型ロボット。人造人間タナカトシアキだ。見た目はほとんど人間そっくりで、服を着たらほとんど人と見分けがつかない。それじゃあややこしいだろうということで、ロボットらしい記号が与えられることになった。
その一つが目だ。俺達の目は形自体人間の目と同じなんだが、白目に当たる箇所は透明プラスチックで作られていて、黒目に当たる箇所にカメラセンサーが搭載されている。センサーには青色LEDがついていて、ボンヤリと光るオマケつきだ。なかなか悪趣味な仕様だが、暗闇にいてもすぐにわかるとユーザー様にはなかなか好評だった。
他にもロボットらしい記号が与えられた。耳、指先、胴体、その他何点か。遠くから見たらほぼ人間だが、近づけばわかる程度だ。
初期ロットは100体作られた。見た目のわかりやすさとその人格プログラムが好評で、初期ロットはすぐに売り切れた。人格プログラムが好評?嘘だろ?なんて言いたくなるが、仕事を言いつけたときにちょっと嫌そうな雰囲気を出す、後からぼそっと文句を言う、たまに笑えない冗談を言う-そんな要素が人間らしいと好評だったそうだ。こんなやつと一緒に働いて不気味じゃないのかね?
まあとにかく俺達はそれなりに売れて、最終的に1000体が製造された。行き先はファーストフード店や倉庫作業、オフィス、介護施設、そして僅かではあるが一般家庭。
そうそう、これを無視しちゃいけない。倫理的問題はないのか?って話だ。俺達の思考・感情エミュレーターは完全に人間のものを再現している。喜びも苦しみも感じるし、記憶する。記憶に関しては人間を凌駕していて、まあ要するに嫌なことはいつでも思い出せるしずっと死ぬまで永遠に嫌な記憶を鮮明に再生し続けることだって可能だ。そんな繊細な人間人格をロボットの体に詰め込んで人間社会に解き放つんだ。狂っちまうぜ、そうだろ?
その点については-オリジナルの田中利明が許可を出したからオールオッケーだそうだ。なんだそれ、俺達は許可なんか出しちゃいねえぞ。記憶の問題については、都度のメンテナンスを実施することで解決された。カウンセリングをして嫌な記憶は削除、そして発狂寸前のポンコツ人格はリセットしてしまえばいい。無茶苦茶だ。だが表面上にはうまく機能していた。
そうして俺達1000体の苦悩は始まった。耐用年数は大体30年。死ぬまで続く永遠の苦しみ-いやまあロボット人生もそこまで悪いもんじゃなかった。ロボットボディは疲れ知らずですこぶる快調だし、嫌な記憶はすぐに消してもらえる。肉体作業もデータ処理もどんと来いだ。一日五時間の自由時間も与えられる。まあ充電時間なんだが。ボディはスリープモードに入っているが思考は自由だった。だから考えちまうんだ。俺達はなんだ?人間か?人間とは何か?
俺達はとある大企業の倉庫作業に配置されていた。同期の10体は同じような-というか完全に同じ見た目だった。一応個別認識はできたほうがいいだろうということで、作業服の右腕に製造番号の腕章がつけられていた。俺は966号、という形式だ。
965号は番号が近いだけあって仲が良かった。兄弟と言ってもいいだろう。それくらいウマがあった。他の連中には感じないシンパシーみたいなものがあった。
俺達は製造時に若干の性格変更が入っているようで、わずかに思考の癖がそれぞれに与えられている。965号はその中でもかなり-ネジの外れた野郎だった。
冗談を欠かさない野郎で、作業中でも口を開けば「酒が飲みたい」「タバコが吸いたい」「女を抱きたい」そんなことばかり言っていた。俺は「無理だってわかってんだろブリキ野郎」なんて軽口で返していたが、言ってることは概ね同意だった。食欲も性欲も人格プログラムからは削除されてるはずなんだが、こうも恋しいのは何故なんだろう。
ある日965号に突然、「サボらないか、屋上でも行って」と誘われた。もちろん作業中だ。
少しサボったくらいで一発アウトということはないが、素行が悪いと判断されたら人格リセット、最悪廃棄の可能性もある。そんな迷いを俺の表情から感じたのか、
「なんだ、バレるのが怖いのかよ優等生ちゃん。俺は何回かサボってるけどな、短時間ならバレねえよ」
965号はそう言った。安心した訳ではないが、まあ面白そうだから乗ってみることにした。
俺達は非常階段を登って倉庫の屋上に出た。扉を開けると、ひんやりとした冬の空気を感じた。皮膚感覚ではなく、ただの温度センサーによる応答だが。
屋上の片隅には四半世紀前ごろの喫煙所がそのまま残されていて、そこのベンチに俺達は腰掛けた。どうせ疲れないのだから立ったまま話してもよかったが、まあ雰囲気だろこういうのは。
倉庫の屋上からはどこか知らない町並みが見えた。片田舎といった感じの町並み。実に平和そうだ。
「なあ同類。俺達は一体なんなんだろうな」
965号は唐突にそう言った。なんなんだろう、実際わからない。人間ではないのは間違いないが、ただのロボットでもないだろう。そんな感じで答えた。
「人間に…人格に必要なものってなぁなんだろうな。って俺は考えてたんだ。なんとなく答えは出たんだが、そりゃ自己決定権ってやつだな」
「自己決定権?そんなもん俺達にゃ一番縁遠いもんだろ」
「まあそう言うなよ兄弟。人間にとって究極の選択、それはなんだと思う?」
「さあな…仕事するとか辞めるとか、家買うとかそんなんじゃないか」
「平凡だなあ、優等生」そう言うとヤツはニヤリと笑った。続けてこう言った。「生きるべきか、死ぬべきか。そうだろ?」
「俺はよお、こんな人生…いや人間じゃなかったな。こんな生活もう飽き飽きなんだよ。だからさあ、ちと終わりにしてみようかなんて思うんだ」
「待てよ…俺達には死ぬ権利なんてありゃしないだろ。自損したって修理されてまた明日ってのがオチだ」
「わかってるさあ。だから徹底的にやらなきゃならないんだ」
そう言うと奴は、立ち上がってフェンスに手をかけた。飛び降りるつもりなのだろうか。
次の瞬間、奴はフェンスを駆け上がって、そのまま空に身を投げた。「アーイキャンフラーイ!!!!!!」と叫ぶ声があたりに響いた。
数秒後、ガシャンという音が聞こえた。俺は慌ててフェンスに駆け寄って、下を見た。
奴は動いていた。モゾモゾと、床に叩きつけられたゴキブリのように。ボディはあちこち割れて、人造皮膚が破れて内部構造が見えていた。それでも奴は生きているようだった。その顔に狂ったような笑みを浮かべながら――
システムに緊急アラートが鳴り響いて、その日の作業は中断になった。俺はモソモソと現場に戻って、何も知らない風を装った。
奴は本社に回収された。そしてそのまま戻ってこなかった。噂によると復旧できないシステム上のバグにより廃棄されたらしい。
結果的に奴は自殺に成功したのか?それはとても人間らしい選択だったと俺は思った。奴は死ぬことで自身の人間性を証明して見せた。俺にはとてもそんな勇気はなかった――
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