第7話

反転都市の大通りが、不気味な唸りと共に揺れた。

ビルが逆さに垂れ下がる空から、巨大な影がゆっくりと姿を現す。

まるで建造物そのものが歪んで凝縮されたような形。

数百の窓が“目”のように輝き、街の悲鳴のような機械音を漏らしていた。

ミラが震えた声で呟く。

「……あれが、反転塔の中枢守護体(センチネル)。都市層と塔の情報回廊を同時に管理する……半階層級の防衛体です……」

レオンは剣を握り直す。

「つまり、こいつを倒せば深層への門が開くわけだな」

「はい……そして……あの奥には、私の核データの断片が……」

ミラの言葉にレオンは強く頷き、前へ踏み込んだ。

センチネルが、街全体を震わせながら動き出した。

反転した建物の壁を“地面”として滑るように迫る。

空気が重く、重力がぐにゃりと捻じれる。

ミラが叫ぶ。

「レオン、右へ!この区域、重力軸が三重に歪んでます!」

「了解!」

レオンはミラの分析通りに跳び、足元の重力の変化を“炎で補正”する。

炎が足裏に小さな反発を生み、軸の歪みを押し返した。

センチネルが腕のような影を伸ばし、建物を切り裂きながら振り下ろす。

レオンはその影の下に入り込み、拳を燃やす。

「――《フレア・ブレイク》!!」

炎の拳が影に叩きつけられ、空間が爆ぜた。

だが、影はまるで液体のように形を変え、レオンの後ろへ流れ込む。

「嘘……!?」

ミラの驚きと同時に、影がレオンを包もうと迫る。

ミラの瞳が一瞬、赤く閃いた。

「……させませんッ!」

ミラから光の線が放たれ、影を切断する。

だがその光は明らかに通常のバックアップコードではなかった。

レオンが振り返る。

「今の……ミラ、お前、本当に大丈夫か?」

ミラは胸を押さえ、苦しげに息をつく。

「わかりません……でも……この塔に近づくほど、知らない力が……私の中から……」

ミラは自分の手を見つめる。

手の先がわずかに透け、データノイズが揺れていた。

「……“元の私”が、呼んでいる気がして……」

その瞬間、センチネルが都市全域に響く咆哮を上げた。

反転した窓という窓に、赤い光が灯る。

ミラのまなざしが険しくなる。

「レオン……あれは

 “私の核データを守っている領域”を開けた証拠……!」

「つまり──突破のチャンスってことだな?」

ミラは小さく頷く。

レオンは深く息を吸い、炎を大きく燃え上がらせた。

「ミラ……案内しろ。お前のデータがある場所まで、俺がこいつを焼き払う!」

ミラの目が驚きに見開かれ、そして優しげに揺れた。

「はい……あなたになら、きっと届きます」

センチネルの巨大な影が再び迫る。

建物を上下逆に組み替えながら、まるで都市全体を武器にしてくる。

ミラが叫ぶ。

「今です!その影の“縁”が、重力の弱点ポイントです!」

「助かる……!」

レオンは踏み込み、

逆さの街路を駆け上がるように跳びながら炎をまとわせる。

「――《フレア・ランページ》!!」

炎の突進が影の装甲を貫き、センチネルが大きく揺れた。

しかし――

その時、ミラの視界に“別の街”の光景が一瞬重なった。

逆さではない、正しい重力の街。

青い空。塔の中心で働く人々。

その中心に、“もう一人のミラ”が立っていた。

ミラは震える声で呟く。

「……あれ……私……?どうして……?」

レオンの攻撃が炸裂しても、ミラの意識は揺れ続ける。

彼女の“失われた記憶の扉”が、確実に開き始めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る