第3話

砂が、盛り上がった。

風が吹いているはずなのに音がしない荒野で、その動きだけが異様なほど鮮明に見える。だが、音はない。砂が波打つのに、耳には一切届かない。

「……来るか」

レオンは剣を構えた。

背後では、倒れたミラの胸元で小さな光が、規則のない間隔で点滅している。

起きる気配は、まだない。

砂地の膨らみが円を描くように広がり、中心部が一気に沈む。

次の瞬間、巨大な影が地面を突き破った。

フェイズワーム

存在するのに音がない。

振動すら伝わらない。

ただ“映像だけ”がそこにある異形。

砂の中から伸びた顎が、無音のままレオンへ迫った

レオンは横へ跳ぶ

砂がぶち上がるが、それでも音は無い。

世界から音という概念だけが切り取られたようだった

(聴覚が封じられている……いや、この層そのものが“音を許してない”ってことか)

フェイズワームは地面に潜り、次の瞬間、別の場所から飛び出す。

位置は予測できない。砂の振動が読み取れないからだ

レオンは呼吸を整え、手元の剣に意識を集中させる

——炎が、わずかに揺れた。

「……そうか。音じゃない。見ろ、光の乱れを」

フェイズワームが砂を切り裂いて突き出る瞬間、

周囲の光の粒子が、ほんの一瞬、歪む。

この層は不安定だ。

だからこそ、怪物の出現が光の揺らぎとして現れる。

レオンは剣を構え直し、ミラの方へ一歩下がった。

「ミラを守る……それだけやればいい」

視界の端で、光が揺れた。

砂の奥深くから、影が真上へと立ち上がる。

レオンは即座に跳躍し、剣を振り下ろした。

炎の刃が無音の中を走り、フェイズワームの外皮を裂く。

だが音はない。

悲鳴も衝撃も、ただ視界だけが結果を見せる。

裂かれた身体が砂の中へ崩れ落ちる。

やがて完全に沈み、静寂が戻った。

レオンは荒い息を吐き——

そのとき、背後からかすかな電子音のような“揺れ”を感じた。

ミラの胸元の光が、いつになく強く脈打っている。

レオンは駆け寄った。

「ミラ……! 起きたのか?」

ミラのまぶたが微かに震え、薄く開いた。

だがその瞳には、一瞬だけ“読み込み中のノイズ”が走る。

「……れ、……オン……?」

まだ意識が安定していない。

エラーのような声。

記憶が戻り切っていないのが分かる。

レオンはそっと彼女の肩を支えた。

「大丈夫だ。ここは第3層だ。敵は倒した」

ミラはゆっくりと視線を上げ、荒野を見渡す。

そして、不安げにレオンを見つめた。

「……私……何か、忘れてない……?」

レオンの心臓が強く鳴った。

第2層の崩壊。

強制同期。

そして——ミラのメモリ欠損の可能性。

その瞬間、彼の背後で砂がまたうごめいた。

まだ終わっていない。

第3層の敵は——フェイズワームだけではなかった。

レオンはミラを抱え、立ち上がる。

「安心しろ。全部……取り戻すために、ここに来たんだ」

沈黙の荒野の向こうで、光景がゆっくりと反転する。

まるでこの層そのものが彼らに試練を突きつけているようだった。

レオンは剣を構え直し、前を見据えた。

「行こう、ミラ。第3層が何を隠していようが——突破する」

ミラはかすかに微笑み、レオンの腕を掴んだ。

「……うん」

二人の影が、音のない世界へ歩み出した。

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