第7話 物病院獣医・古賀雄大の日常
第一章:電圧の揺らぎと、光る患部
『さくら台動物病院』の朝。雄大は業務用エアコンの室外機から、三匹目のZスライムを剥がした。剥がした跡の悪臭と粘着性は、日増しに強くなっている気がする。
「最近、うちの電気代がやけに高いのは、こいつらのせいか……?」
冗談ではなく、病院の電気使用量がわずかに増加していることは、雄大も把握していた。
午前十一時。フレンチブルドッグの『タロ』が再診で運ばれてきた。
症状は異世界風邪で安定しているが、雄大の胸には「違和感」が残っていた。
「タロちゃん、お口見せて」
雄大が口内の消毒を試みる。そのとき、診察室の蛍光灯がチカッと短く瞬いた。
その瞬間、タロの目が雄大とは違う、天井の一点を見つめた。
「タロ?」
雄大はタロの右前足の患部を見た。Zゴブリンに噛まれた傷跡は、すでに治り始めている。
だが、その傷跡の周囲の毛並みが、他の部分と違い、微かに湿ったような光沢を帯びていた。
まるで、皮膚の下に薄いLEDパネルが埋め込まれているかのように、外部の光を不自然に反射している。
(まさか、体内でZウイルスが発光しているのか? いや、ただの毛の油分か……)
雄大は首を振って思考を振り払った。科学では説明できない症状は、すべて「異世界由来の現象」として処理することに慣れすぎている。
その時、棚に置かれた心電図モニターの画面が、一瞬だけザーッと乱れた。
そしてすぐに復旧する。
「先生、今の……?」
「電圧が揺らいでますね。最近多いんです。……タロちゃん、退院許可出します。でも、夜は本当に気をつけてください」
タロは、診察室の隅に置かれた小さな緑色のLEDライト(非常灯)を見て、ヒュン、と鼻を鳴らした。
普段なら反応しないはずの光だ。
タロの症状は、単なる風邪ではない。ウイルスの影響が、動物の感覚野を書き換えている気配があった。
第二章:家電寄生と、低周波の恐怖
深夜零時。
雄大はポチの点滴を確認し、タロのカルテを閉じた。
冷蔵庫の裏。そこから聞こえるモーターの**「ブーン」という低周波の唸り**が、やけに耳に障る。
雄大は、冷蔵庫の裏を覗き込んだ。
昨日見たZスライムは二匹だった。
今日は五匹に増えている。
彼らは団子状になり、コンプレッサーの廃熱にぴったりと張り付き、冷蔵庫のモーター音に合わせて小刻みに震えていた。
(増殖が早すぎる。そして、なぜ家電に集まる? 熱だけではない。この低周波音に何か意味があるのか?)
雄大は、別の入院ケージにいるウサギの様子を見た。
ウサギは夜になると必ず暴れるのだが、その原因がわからなかった。
雄大が、スマートフォンで低周波のノイズ音を再生すると、ウサギは途端に耳を伏せ、ケージの隅で小さく震え始めた。
ウサギの怯えは、Zスライムたちの低周波への執着と完全に同期していた。
(奴らは、人間社会の**『機械の心臓の音』**を聴いている。そして、その音に集まり、エネルギーを吸っている?)
この病院の電気使用量が増えているのは、単なる偶発ではない。
Zモンスターは、人間が快適さを求めて作り出したエネルギーそのものを、新しい栄養源としている。
第三章:行列の規則性と、都市の不協和音
午前二時。雄大はブラインドの隙間から、街の様子を観察した。
病院前の通り。街灯の下に群がるZモンスターの**「行列」**は、昨日よりも増えていた。
今日は、その配置に規則性を見つけた。
一体のZゴブリンが座ると、そこから正確に三メートル離れた場所に、次のZコボルドが立っている。その間隔は、まるで誰かが定規で測ったように正確だった。
まるで、街灯の光と光の間に、見えない膜が張られているかのように。
その時、街灯が老朽化でチカッ、チカッと激しく瞬き始めた。
光が断続的に切れる。
そして、その現象が起こるたびに、行列のZモンスターたちが一斉に首だけを東の方向へ向けた。
光が復活すると、また元の無気力な姿勢に戻る。
(規則性がある……同期している……)
雄大は、恐怖で手に汗をかいた。
彼らが東の空を見ているのか、それとも東から来る**「何か」を待っている**のか。
彼らは無知性のアンデッドではない。
文明の低周波を聴き、光を合図に、街全体を覆う巨大なネットワークを形成している。
雄大はすぐに冷蔵庫の電源プラグを抜いた。
ブツッ、と音がして、モーター音が途切れる。
ケージの中のウサギが、すぐに落ち着いたように見えた。
だが、その直後、病院の壁の向こうから、Zモンスターが壁を爪で引っ掻く音が微かに響いた。
まるで、**「ごちそうの音が消えたぞ」**と文句を言っているように。
雄大は、獣医としてすべきこと、そしてこの街の住民としてすべきことの区別がつかなくなり始めていた。
彼の目の前にあるのは、ただの感染症ではない。
**「都市の寄生」**だ。
雄大はデスクに戻り、カルテの裏に、手書きで大きな文字を書き込んだ。
警告:
Z体は低周波に反応。この街のエネルギーを吸っている。
**「静かにしていれば、安全」**という常識は、もはや通用しない。
(第七話 完)
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