第26話 名誉としての傷跡

「こっちの傷は今、治しちゃいますね」

「えっ? ……ええ、ありがとうごぜえます」


 途端に、2人から口を挟まれていました。ニリンダさんと、兵士のみなさんを鼓舞するために来ていたマッチョさんです。天幕の端のほうには、セルジオさんの姿も見えます。


「あら、ダメよ、シズカ!」

「よせ!」


 ほとんど同時に、左右から大声で呼びかけられた私は驚いて、治療を慌てて中断し、2人に視線を返しました。どうして止められたのか、私には分からなかったんです。みなさんの怪我を治す手伝いをするために、私はここへ連れて来られたんじゃないんでしょうか? そうじゃなかったとしても、限られた術医にしか、白魔法は使えないように思えたんです。気恥ずかしいですが、そのうちの1人が私ということになってしまいます。


 ぽかんとほうけてマヌケなお顔をさらしている私に、ニリンダさんはマッチョさんのほうを顎で示しながら、うんざりするような表情で説明してくれます。時々、マッチョさんのほうへと向けて、軽蔑するような視線を送ることもニリンダさんは忘れません。


「村の人たちならともかく、患者が兵士のときは、たとえ聖女であっても小さな怪我まで治しちゃいけないの。……なんでも、男の勲章らしいわ。ほら、私たちの白魔法だと、傷跡が消えちゃって残らないでしょう?」


 ニリンダさんのことばの先は、力強くうなずいたマッチョさんが引き取っていました。


「実戦を経て、傷を作って、ようやく兵士として一人前だ。ぴちぴちの肌なんか見せてちゃ、情けなくていけねえや。こいつから、その機会を奪わないでやってくれ」


 見せつけるようにマッチョさんが、私に対して顔を横に向けています。マッチョさんのほほにある傷は、よく目立っているんです。


(勲章……?)


 私は多くの時間を、現代の日本で過ごして来ました。

 ジェンダー平等とか、ロールモデルだとか、小難しいことばは耳から全部こぼれてなくなっちゃいましたので、ぽんこつ小娘に人並みの倫理観があるのかは、ちょっぴり自信がありません。男の子がうらやましいと思ったこともあれば、女の子でよかったとほっとしたことだって何度もあります。


 そんな私であっても、傷を勲章にするというのは、いまいち納得できない理由でしたが、ニリンダさんにまでいわれてしまえば、さすがにやめざるをえません。


 私は白魔法を使うのを控えていました。眼前の傷は、命を脅かすようなものには思えなかったからです。


「ご、ごめんなさい……」


 口では素直に謝っていた私ですが、心の中ではもやもやとした気持ちも抱えていたんです。私は何度も白魔法を使えるみたいですから、たとえ小さな傷であろうと、治せるものは治せるべきじゃないかと思っていたんです。……あっ、えっと……本当に細かい傷は、もっと繊細で器用な方に任せたほうがいいと思いますです、はい。


(……勲章か)


 自分とは違う性別の誇りに関わるものだからこそ、ニリンダさんも深く気にせずに納得しているんでしょうか。それとも、この世界の人たちは、みんなそうなんでしょうか。


 悶々もんもんとした思いのまま、私はニリンダさんのほうに視線を向けましたが、私を見つめ返すニリンダさんの表情からは、何も察することができません。私はしぶしぶうなずいていました。


「気を落とさないで、シズカ。あなたの力が必要になるときは、すぐに来るわ」

「はい……」


 ニリンダさんの発言は、私を慰めるためだけのおざなりなものだと思っていました。ですが、違ったんです。タイミングを狙っていたかのように、診療所に残っていた薬師が、天幕の中に駆けこんで来ていたんです。


「助けてください、ニリンダさん! どうすればいいですか!? 建物に変化がないせいで、私じゃ探せません!」


「落ち着きなさい、マリアン」


 天幕の入り口へと視線を向ければ、薬師の背後には、いつかの門番さんの姿もありました。門番さんはひどく顔をしかめながら、右手で、左の小指をくるむように押さえこんでいました。


「状態は!?」

「指が取れかかっています! 潜ってみたんですが、私じゃ分からなくて……」


 薬師のマリアンさんにつづいて、門番さんがうめくように口を開きます。


「へたを打っちまった……。まあ、指の1本2本なくたって、仕事はできらあ」


 口元には微笑が浮かんでいましたが、それがやせ我慢であることは、私でなくとも分かったことでしょう。隠しようもないほど、眉間に皺が寄っていたからです。


(やだ、絶対痛いよ……)


 想像するだけでもグロテスクなので、できれば現物は見たくないなと私は強く感じました。

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