第27話 再びの白魔法

 ここは感染症の少ない異世界です。傷口から、ばい菌が入ってしまって――というような心配については、しなくてもいいのかもしれません。化膿? 壊死? 難しくて私にはよく分かりませんが、そういったことは平気なはずです。


「場所は!?」


 ニリンダさんが短いことばで、マリアンさんに問いただします。

 まさか、心の世界のどこに異変があったのかと、具体的な場所を聞いているわけじゃないんでしょう。このくらいなら私にも想像がつきます。畑で火事が起こっているなら、見つけた人が消火してあげればいいだけだからです。どうですか、これでも私も成長しているんですよ。……ちょっぴり成長しましたよね?


 位置を聞いているわけじゃないのであれば、きっと、ニリンダさんは名前を尋ねているんです。そういえば、ダライアスさんのときは、なんでしたっけ。たしか……黄昏の畑トワイルドといっていた気がします。


 白魔法を使ったとき、いつもいつも、おんなじ風景を目にするわけじゃないことは、昨日までの実践で私も経験済みでした。ひょっとすると、何度も使っているうちに、似通った世界に舞いおりることだってあるのかもしれませんが、今のところは全部が初対面です。運がいいんですかね、私? ……経験が浅いだけでした。やめてくださいよ、ちゃんと成長もしているんですから!


(……そっか。白魔法を使う癒やし手からすれば、心の世界ってあたりまえのものだから、個別に名前がつけられているんだ)


 ひとりで勝手にうなずく私の前で、マリアンさんが答えます。


夕鈴の路イブニベルです!」

「シズカ、お願いできる?」


 ニリンダさんが私に振り返っていました。


「はい、もちろんです!」


 ニリンダさんの霊力はまだ回復していません。白魔法を使うために必要なエネルギーを、霊力と呼ぶことは、昨日、ニリンダさんから教わったばかりです。


『霊力ですか』

『ええ、そうよ。本当はちょっと意味が違うんだけど、今は白魔法の発動に霊力が必要だって覚えておいて』


 ……おや? 意味が違うっていっていましたね。おかしいですね、私はもうすっかりその気になっていたんですが。


 私に近づいて来たニリンダさんが、そっと耳打ちをして来ます。なんだか、こそばゆい気持ちです。


「いい? シズカ。不自然に、途中で切れてしまっている風景を探すのよ。これまでのときと、おんなじようにはいかないわ。あなたは探すことにだけ集中して」


 ダライアスさんのときは、直感でどうにかなりました。明らかに、元の状態が想像できるものだったからです。小麦畑の火事だけでなく、太ももに矢が刺さった兵士を治したときも、骨折してしまった方を治したときもそうでした。これまでは全部、その場の直感だけでどうにかして来られたんです。


 ですが、今回は違うとニリンダさんは告げています。

 怪我の状態から、ある程度までは異変の内容を予想することができるのかもしれません。そして、私が術医としての活動をつづけていけば、今後はこういった複雑な治療にもあたる機会が増えていくんでしょう。……あれ? ってことは、ひょっとしてこれから、学園でお勉強タイムがはじまるってことですか? ホントに? 私の頭で? なんの自慢でもありませんが、私、こう見ても結構、おバカですよ。そう見えていると思いますけど。


 急に、今後のことが不安になって来ました。学校のテストで、いい点を取れたためしがありません。過去最高得点は63点でした。教科は家庭科です。


 では、いったいどうやって対処すればいいんでしょうか。私の中で疑問が浮かぶよりも早く、ニリンダさんが薬師くすしのほうに向きなおっていました。


「マリアン、いっしょに行きなさい」

「そんな……私には無理です! できません……」


 ちょっぴりかわいそうになるくらい、薬師くすしの女性は髪を振り乱して首を横に振っていました。


「しゃんとしなさい! あなたがシズカを随行させるの」


 うなずいたニリンダさんが、私に視線を送って来ます。

 そこでようやく、私の中でも疑問が浮かんで来ていました。

 薬師くすしの役割は、貴重な術医を手助けすることにあります。そしてそれは、だれでもかれでもを白魔法で治すことができないから、というのが理由のはずです。霊力が貴重だからこそ、白魔法は有限のはずなんです。ニリンダさんが自分で白魔法を使おうとしないのは、まだ霊力が回復していないからなんです。私は並外れて霊力が多いので、きっとへっちゃらなんですね。……ごめんなさい、調子に乗りました。


 ですが、ここで私がいいたいのはそういうことじゃありません。薬師くすしのマリアンさんは、一番最初に私が天幕を訪れたときも、白魔法を発動させていたんです。ニリンダさんは白魔法を使えないままなのに、彼女を補佐する立場のマリアンさんのほうが、何度も白魔法を発動できるなんてことはありうるんでしょうか。


 ふと抱いてしまった疑問ですが、それと向き合っているような時間はありませんでした。ニリンダさんが私の肩をたたいていたからです。


「シズカ、急いで! 指が完全に切れてしまえば、もう白魔法でも元には戻せないの!」


 心の世界に入っている間は、ほとんど時間が経過しません。それでも、門番さんの指は、何かの拍子で取れてしまいそうな状態だったんです。悠長に考え事をしているような余裕はありませんでした。


「は、はい!」


 私は慌てて門番さんの腕を取ります。それに遅れて、マリアンさんも彼の腕を握りました。

 複数の術医が、同時に1人の心の世界に入ることもできるんだなと、私は感心しながら、再び門番さんの指が治ることを願っていました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る