第4話 ケーキ工場
玄関(ガラガラガラ
「いってきます。」
早朝、起こしてしまった夫に声をかける。
送迎のマイクロバスが来るまであと少し。
まだ暗い早朝から昼前まで、わたしは町外れのケーキ工場で働くの。
バス(ブロロロロロ
バスの扉(ガチャ ソーッと
運転手さん(ニコッ(無言
運転手さん、深夜までタクシーを走らせてからこのバスに乗って、帰って寝るんですって。
運転手さんのシワシワの目尻にしわが寄る。きっと、やさしい人。
(開いたバスのドアから、かすかにタバコが香る)
(バスに乗る)
わたしはバスに乗っても、挨拶をしない。(無言
それがここの、 不文律 。だって、まだ暗いんですもの。うたた寝しているところを起こしちゃったら悪いじゃない。
先客は二人、バスは街を回るから、わたしの家は3番目。
損はしないわ。帰りのバスは反対廻り、早く家に着くもの。
二人の先客(ウトウト スピー
シートに座ったわたしも、目を閉じる。
−−−−−−−−−―−−−−−−−−−−−−−−−−
ザワザワ…
バス「ブロロロロロ 」
目(パチッ
わたしも寝ちゃってたのね。バスは満員、そろそろ工場に着く頃。
−−−−−−−−−−−−−工場−−−−−−−−−−−−−
始業まであと少し。
わたしたちは、白装束みたいな服に着替えるの。
ここにも、ケーキ工場の甘い香りが届いている。
わたしたちには、ケーキ、特別な日のお祝いを、作っているっていう誇りがあるわ。
みんな良い人たち。
初日はみんな余所余所しかったのに、二日目からみんな笑顔。
見たものね、帰りのバス、満員のバス、
わたしが降りる小さな借家、前に停まる白のバンには夫の仕事道具が積まれてて、そう
あなたたちと、同じでしょ?
---- ドングリほど、互いの背丈を気にするの。 ----
ここにいる人たち、みんなやさしいわ。だって、誰もが理由(わけ)を抱えてる。
だって、普通は、夫がいたら女は専業主婦よ。
そして誰も深入りしないもの。大人ね。
休憩になれば誰もが
おばちゃん「うちのダンナに爪の垢でも飲ませてやりたいね!あはははは」
奥さん「ほんっとウチの甲斐性無しがねぇ、あはははは」
外では吐き出せないことを、吐き出すの。
居心地のいい、やさしい…
---- 吐き溜め ----
絶対、「そうね」なんて言っちゃダメよ。
ここは、そういう場所じゃないの。
わたしは、
「旦那は一生懸命働いてるんですけど、バン(作業車)が必要な仕事なのと、物価高、借家の大家さんが家賃を上げたいみたい。」
あなたたちと大差ない目線
お腹をさする(わざと
「だから、働けるうちに蓄えを作らないといけないの。」
これでいいかしら?これでいいわよね?
奥さん「あははは、そんないい旦那が逃げないよーに、アンタが満足させてやんな!」
おばちゃん「あらやだ、奥さんったらー」
みんな、お腹を抱えて大笑い。
そう、やさしい居心地。
けど、
お金を持ってると思われたらここにはいられない。
その反対に、あんまり困ってると思われてもダメよ。きっと、
「貸してくれる良いところを紹介してあげる。」とか、
「若くてキレイなあなたに良い「仕事」があるの。」とか言われるのはわかりきってる。そしたら…
面倒なことになるわ。
けど、このケーキ工場、良いところがあるの。
ここの人は誰もが、特別なお祝いの日に食べるケーキだもの、
わたしたちは祝福を作ってるって、そんな、自負があることよ。
さぁ、今日もがんはるわ。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
静まりかえるライン作業は、驚くほど精密に、ケーキを仕上げる。
(あれ?何かひっかかるわ。あの人(夫)は、お義父さんが亡くなってからずっと怒っていたのに、あの日から、まるで…何かあった?… わからない)
いけない!仕事よ、ホイップクリームを乗せなきゃ!
===ケーキ ===ケーキ
妻の疑問を、次から次へとやってくるケーキが押し流すには、そう時間はかからなかった。
わたしにはお金が必要なのよ。
−−−−−−−−−ケーキ工場の屋根の上−−−−−−−−−
ピンクの髪の悪魔が一人、汗もかかずに立っている。
赤い瞳(キイイイイイン)
「フフフ…賢い奥さんね。あの男には、もったいないくらい。
あなたが選んだお嫁さん、立派に息子さんを支えているわよ。」(空見上げる
赤い瞳が伏せられる
「…あなたは、少し、賢すぎるわ。いつか、その賢さが自分を責め立てるかもしれない。
だって今、あなたはこのケーキ工場でうまくやれている。立ち回りがうまいもの。けど、
さみしいでしょ?
あなたがわかってる通り、あなたもドングリなんだから、他のドングリたちと心から笑いあえたら、どれほど気がラクかしらね?」
つづく
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