第2話 タヌキ




男は帰宅する。 「ただいま。」


シーン(静


妻はもう寝ているようだ。妻のパアトは朝が早い。迎えのマイクロバスが早く来る日もある。それを薄暗いうちから外に出て、待っている。



俺は親父の遺影に手を合わせる。



仏壇は我が家には無い。母のいる実家にも無いけどな。タンスの上が、我が家の仏壇だ。




台所、洋風のテーブルの上の蝿帳に、


白米と味噌汁、少しのおかずが出されている。




俺は冷や飯を、冷めた味噌汁でかっこむ。


温かいものが食べたいのは俺も妻も同じ。電気店で焼きそばを温めるところを見た電子レンジがあればな…と思う。




男は小ぶりなコップに焼酎を半分注ぐ。


これが男の楽しみだ。


ツンッ)鼻をつく刺激臭がする。





今はタヌキはいない。


気が付くと消えていて、いつのまにかまた現れる。




男は外でのことを思い出す。



今はもう腹も立っていない。



タヌキの奴、俺のかわりに、怒ってくれた。



脳裏には



股ぐらから見上げたタヌキの、ふくらみとくびれ、白い肌、俺を見下ろす


赤い瞳が蘇る


蛍光灯の青白い光に照らされたそれは…



フルフル(男は頭を振る



焼酎(チビチビすする



「…」



チッ…


焼酎ももう終いだ。


寝るか。




妻はもう寝ている。明日も早いからな。


男は、既に敷かれている、重たい布団に潜り込んむ。



目を閉じると…その脳裏には、まとまりのない考えが浮かぶ。






俺の、親父が死んだ。


死んだのは俺の、親父だ。





男は、妻の言葉を思い出す。


 「あなた、あなたがそんな顔してたら、お義父さんも、悲しむわ。」



その日、俺は一日中、妻と口を利かなかった。



お義父さん…妻にとっては、死んだのはお義父さんだ。だから、何も間違ってはいない。







男は、母の言葉も思い出す。


 「あの人がいなくなってから、家が広いねぇ…あんた、どうだい?」


母がこう言うたびに俺ははぐらかしてきた。


あの人…母にとっては死んだのは夫だ。だから、さみしくて心細いんだよ。何も間違ってはいない。







けどな、俺の妻は、俺が母との同居の話をしようと切り出すといつも…


俺は妻が薄情だとか言いたいわけじゃない。妻だってパアトまでして、俺を支えてくれている。


妻も今の生活を守りたいんだよ。






みんな、何一つ、悪か無ぇ。






悪か無ぇってのに、俺は…







なぁ、俺は



どうすれば







なぁ





タヌキよ





ZZZZZ(疲れた男は眠りに落ちる


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


「ゴソゴソ」「バタバタ」(物音



何だ?(目パチクリ  男は目を覚ます。




妻「あなた、ごめんなさい、起こしちゃったのね。 あなたはまだ寝てていいよ。」


まだ外は暗い 日の出前だ



妻は続ける


妻「いけない、バスが来ちゃう」



男「…」(俺の甲斐性が無いばっかりに




 「あなた、今日は怖い顔してないのね。  行ってきます。」


玄関の戸(ガラガラガラ




…俺は、どんな顔してたんだ?







(玄関の外から)


プシューー ガロロロロロロロ(バスの音














つづく

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