第3話 逃走劇
「姫様を殺されたくなければ全員下がれぇ!」
フルバーストされたAK-47の発砲音が鼓膜を揺らし、石壁に弾痕を刻む。
ここで捕まったら私の人生が詰む。
砕いてはいけないアイテムを死ぬほど砕いた。
でも、私は悪くないっ。
こんな私を呼んだコイツらが悪いだろっ。
「くそっ、あの勇者は頭がおかしい! さっさと殺せ!」
「ですが姫様が人質では……」
「諸共やってしまえ、勇者召喚をできるのは姫だけだ。責任を擦り付けるなら姫も道ずれだからな」
ミラン公爵の冷酷な言葉に私は目を丸くした。腕の中にいる金髪の姫様はカタカタと歯を鳴らして震えている。
「ミ、ミラン公爵ど、どうしてですの!」
「魔法の才しか取り柄のない馬鹿女め。最初から我々はお前を利用していたに過ぎん」
腹黒い貴族同士の駆け引きとか本当にあるんだね。
兵士や貴族達からむわっと威圧感が膨れ上がった。火を発生させている人もいるし、魔法か?
流石に当たったら痛そうだ。
ライフルの弾幕で時間を稼ぎつつ、この場を突破できそうな武器をスキルで購入する。
「じゃあね姫様、生きてまた会えたらいいね」
「!? ま、待って私を置いていくの!?」
号泣する姫様ががしっと抱き着いてきた。
「魔法使えますわ! 出口の行き方を知ってますわっ。だからぁ助けてぇぇぇぇ!」
「私を奴隷にしようとしたくせに!?」
「ごめぇん許してぇぇぇ! でも、桃色は異世界の知識とかないでしょ!? 今後どうやって生きてくの!? このままじゃ死刑だよ!? 私なしでどうやって亡命するの!? ねぇねぇ知ってるなら答えてよ!」
「わ、わ、分かったから放して!」
お願いだからこれ以上私を混乱させないでほしい。もう頭の中はいっぱいいっぱいなのだ。
「まぁ裏切った時は撃てばいいか」
「!?」
なんか異世界きてから脳筋になってる気がするけど、気のせいだろう。
「姫様、目と耳を塞いでね」
「え、う、うん!」
「えいっ」
購入したフラッシュグレネードを入口付近に放り込む。耳を塞いだ手を貫通して鮮烈な爆発音が伝播した。その後、ゆっくりと瞼をひらく。
「め、目がぁぁ」
「体がフラフラするなんだこれは!」
敵が怯んだのを確認して、姫様の手を引いて走る。
「ほら、ぼさっとする暇があったら撃って、撃って!」
「……もう何なのこの子……怖いぃ」
どうせ回復魔法でゾンビみたいに復活するんだ。すれ違いざまに姫様と一緒に銃弾を浴びせる。こうして、私達は来た道を全力で引き返した。
◇
ようやく建物の外へ脱出できた。想像していたけど、やはりここはお城の中だったらしい。
顔を仰ぐと、大理石で建てられた巨大な白亜の城が視界を埋め尽くす。
私……本当に異世界に来ちゃったんだ。
張り詰めていた緊張が一瞬解けて、地球のことを思い出して泣きそうになった。
お母さんとお父さん、死んじゃってごめんなさい。きっと悲しんでいるだろうし、お葬式代も私のバイト代じゃ足りないだろうな。
「桃色娘っ、追手が来てるわよ!」
「分かってるって」
ツンと鼻の奥が痛くなって、泣いているのが姫様にバレないように涙を拭う。まったく、悲しんでる時間もないのかよ。
「もうっ馬車の御者なんてやったことありませんのに!」
出発直前の二頭立ての馬車を強奪した姫様が慌てて手綱を握る。
「待てぇぇ貴様らぁぁぁ!」
「兵士達よ奴らをひっ捕らえよ!」
馬車の天井に飛び乗った私がライフルのフルバーストで追手を牽制射撃。
「ぐはっ、な、なんて威力と射程距離なんだ!」
「我々では手に追えません! 魔法兵団に要請を!」
よーし、この調子でどんどん逃げて行こう。
車かバイクを買ってもいいけど、運転の仕方が分からないし今は諦めよう。
◇
すったもんだを繰り広げて、城下町でちょっとした大騒ぎになったりしたが、無事、追手を撒いて草原が広がる街道に抜けだすことに成功した。
御者席に腰を下ろして一息つく。
隣では馬を操作する姫様が青い顔でうわ言のようにぶつぶつ呟いている。
彼女の名前はシオン・ヒロイニア・リーゼ、リーゼ王国第三王女で、現在15歳(私とため)らしい。
「まぁ、そんなに落ち込まなくてもさ。そもそもそっちが奴隷契約魔法なんてするからこうなったんだし」
「……ぐす、してないもん」
「え?」
「可哀想だと思ったから、ミラン公爵達には内緒で奴隷契約は術式から取り除いていたのよ!」
「……え」
「うぇぇん、こんなことなら奴隷契約しておけばよかったぁぁ」
道理で自由に体が動かせたわけだ。
勇者召喚の儀式を失敗したのではなく、彼女の善意によるものだったのか。
もしかして私は意味もなく宝を砕いたことにならないか?
い、いやもう過ぎたことだ。深く考えるのはよそう。
シオンを巻き込んでしまったのは申し訳ないが、召喚された私だって被害者だ。それに召喚したのは彼女なんだし……お互い様だよね。
それよりも問題はあの消してしまった棺。
あの中には、魔王の中でも群を抜いて強い『神化魔王』という奴の魂が封印されていたらしい。
神化魔王は人類を何度も滅ぼしかけているヤバイ奴。歴代の異世界勇者たちが何代にも渡って今から1300年前に最後の神化魔王を棺に封印したんだとか。
「……私とんでもないことしちゃった?」
「っ、もう今更よっ! エクスカリバーもないし、世界の終わりっ! 神化魔王を解き放った私達は問答無用で死刑よっ!」
「で、でもほらぁ、昔の話なんだし魂も生きてないって! アイテムごと粉砕したから大丈夫、大丈夫……」
「ルルのハンマーは生物もポイント化できるの?」
「!?」
それは検証していない。
もし出来なかったら、私は封印のアイテムを砕いただけの大悪党になる。
「は、ハンマー・プライス!」
ぽこんとシオンの頭を叩くと、文字が浮かび上がってきた。
『生物はポイント化できません』
マジかよ……。
「お、お前ぇぇぇ!」
「うえぇ!?」
シオンが突然泣きながら私の胸倉を掴んできた。な、なに!?
「私で試すなぁぁ! 消滅したらどうすんのよ!」
「!? か、考えてなかった……」
「どうして毎回後先考えないのぉぉぉ!」
だ、だって脊髄反射的に体が動いたんだもん。
昔からそうなのだ!
パニックになると余裕がなくなって何も考えられなくなる。嗚呼、分からない、分からないのだ!
「と、とりあえずその魔王が出たら二人で倒そう! 天才魔法使いなんでしょ?」
「私を巻き込むなぁー!」
自分と身内以外どうでもいいドライな私でも、流石に世界を滅ぼす事態を招いて放置はしない。大丈夫、ワンチャンありそうな武器なら既に見つけているし、なんとかなるって。
強いモンスターほど、空気中の魔力が濃い場所に発生するらしい。なので神化魔王が復活するとしたら、この世界で最も魔力が濃い地域『デルタ帝国』が最も確率が高い。私達はここを目指す。けど、その前にどうにかしてリーゼ王国を抜け出さないと。
――――――――――――――
あとがき
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