第6話

 朝目が覚めれば、外が騒がしい。

 師匠の声と、ユーリ君の声。それと、聞いたことのない女の声がする。


 意識が覚醒してきて、あの声はアリスという女の声だと思い出す。

 リビングに出て、テーブルに置かれている食事を食べ、身なりを整える。


 いつも通り、木剣をもって外に出れば女が涙目で声を上げている。


 「私を゛殺せっっ!あの方の邪魔になるなら、私は死んでしまってもい゛い゛!!」


 覚悟を決めているんだか、決めていないんだか良くわからない台詞だ。


 「師匠おはようございます。彼女、何があったんですか?」


 「俺もよくわからないんだ。目が覚めるとすぐに『わだじはずでられだぁ!!!!』と言って泣き出すし、泣き止んだと思えば、覚悟を決めたようにこの有様だぜ」


 『僕も泣き止んだ後から、来たので分からないんですよね。多分あの男の人に置いて行かれたのが関係しているんでしょうけど……』


 何もわからない、か。


 「一応、詩風を呼んでおいた。風の魔法の中に、電気を見ることが出来ると定義して、思考を読み取る技があるらしい」


 「では、詩風が来るまで待ちになりますね」


 そんな魔法があるとは……。魔術しか使用できないのが悔しいな。

 魔術でも、同じようなことができないだろうか……?いや、まず魔力の使い方がわからないしな。誰かが教えてくれるとありがたいんだが。師匠は何となくで使っているから、教えることは出来ないと言うし……。


 「さっさど殺せ!一息に殺せよ!痛いのは嫌だぞ!」


 泣き止み始めて、うるささも収まるかと思ったが、結局声がデカい。

 

 詩風が来るまで、彼女の叫びを聞き続けることになると思うと、ちょっとげんなりする。まぁ思ったよりも早く来てくれたので、そこまで酷い事にはならなかった。


 「うーん。どうやら何らかの力で思考が誘導されてるみたい。かわいそうだね!一緒に居たっていう男の人が、魅了チャームって言ってたんでしょ?多分、魅了チャームによって、男の人と離れたら自死を選ぶようにされてるかも!」


 「なんだって?そいつは随分―――――――――外道だな。思考を強制的に変えて、行動を制限しているのか」


 師匠が、苦い顔を浮かべる。

 俺もはたから見れば、同じような顔を浮かべているだろうな。

 幾ら、魔物を殺しに来る人間と言えど、どれが思考を誘導された結果とあれば、同情もする。


 「ということは何を聞いても話さなそうかな?」


 「そうだねー。あっちが能力を解除でもしない限りは、何も聞き出せることはないだろうね」


 「ということは、彼女をこのまま拘束してても意味はなさそうか……」


 すると、アリスが泣き止む。

 何があったのだと、目をやれば今度は呆けたような顔をしていた。


 「私は……。ここは何処だ?―――――――ッ!なぜ魔物に囲まれている!」


 「「ッ!」」 「あー解除されたかも?」


 涙の跡があり、目元が赤いものの特に感情が揺れているという感じはしない。

 どうやら、解除されたことで周りが見えるようになったようだ。

 一応、師匠たちに警戒を示しているので、俺から話しかけてみる。


 「目が覚めましたかね?自分が誰かわかりますか?」


 「ああ……。わかる、私はアリス=G=シュナイダー。シュナイダー家の第七分家の出身だ。というかキミ!大丈夫か、こっちに来なさい!キミの横にいるのは魔物だぞ!」


 シュナイダー?聞いたことがある。たしか、分家に冒険者になって、一人でA級に上り詰めたとかいう天才がいるという話を聞いたことがある。

 それがこいつか。

 かわいそうに、折角強くなってA級になったっていうのに洗脳されて、実質的な奴隷になってしまうとは。


 というか――――――


 「大丈夫も何も、優しい方々ですよ。落ち着いてください。危害は加えませんから」


 「キミ、魔物が優しいですって?そいつらは人を殺すのよ!?言葉も通じない、化け物なのよ!?」


 「化け物とは随分酷い事を言うな、この女」


 師匠がボソッと呟く。微妙な顔をしているが、怒ってはいなさそう?

 詩風はいつも通りニコニコしていて、ユーリ君もそんなに気にしていなさそう。

 みんなが気にしているのなら、何とか言おうかと思ったが特に気にしていなさそうなので、口を結んだ。


 アリスも師匠の言葉が聞こえてたようだが、意味が分かっていないのか?

 「ほら、今も『グアアアッ!』って言ってた!」と聞こえてくる。


 「お前、師匠の言葉がわからないのか?」


 「師匠?その山羊頭のこと?わかるも何も、言語なんて使ってないじゃない」


 それよりも―――――、と続けて話しているが、気にすべきは『言語を使用していない』ということだ。言葉が伝わっていないだと?

 まさか、師匠たちの言葉がわかるのも、『調律の神の使徒』の効果なのか?

 確かに意思疎通ができるという文言が書かれていた気もする。


 そうだとすると、調律の神に感謝しなくてはならないことが増えてしまったな。

 そういえば、メッセージを受け取る役割も持っていたな。あとで見てみるか?


 「――――――って、話聞いてる!?」


 「ああ、悪い悪い。聞いてなかったよ。どうしたって?」


 「だから、これからどうするつもりなのって聞いてるの!一回あなたが魔物と話せるらしいってのは置いておくにしても、私をどうするつもりなのよ!」


 まぁ、話を聞ければ用済みだろうな。話の内容によっては協力してもらうこともあるだろうが。


 「まぁ一緒に居た人間の話を聞くことになるだろうな。そのあとは―――師匠?」


 「しばらく世話してもいいぞ」


 「我々の家で保護します。これで納得ですか?」


 アリスは頷く。

 同意を得れたということで、まず全員で家の中に入ることにした。



――――――――――――――――――



 「ああ、酷い目にあったぜ」


 俺は、町で一、二を争う高級宿の寝室へと帰ってきて一息つく。


 「如何なされましたか?」


 クラシカルなメイド服を着せた、黒髪の女が話しかけてくる。

 魅了転移チャームテレポート先にした女だ。

 俺がわざわざ、能力チートを使って魅了しただけあって、俺好みの容姿である。

 まぁメイド服着せただけだし、主人の機微すら読めねぇ奴なんだけどな。


 そこが今はイラつく。


 「そこの二人を連れていけ。回復魔薬ポーションがあっただろ。あれを飲ませておけ」


 そんな奴でも、機嫌が悪いのが理解できたのか「本当に何があったのでしょうか」なんて言ってきやがる。


 はぁ


 「わかるだろ?俺様はご機嫌斜めってやつなんだよ。今日は話しかけてくるなよ。こいつは命令だ」


 渋々といった表情を浮かべ、気を失っている魔術師と猟師を連れて、退室していく。


 クソッ!気に入ってた女だったのに!置いてきちまった!名前まで覚えてやったっていうのに、その恩を仇で返しやがって。


 どうにも、能力での引き寄せができない。どうせ、魔物に捕まったんだ。魔物に何されてやがるか分からねぇ。

 幾ら気に入っていても、魔物に汚された女は要らねぇな。

 魅了チャームも解除で良いな。邪魔になるだけだろう。


 しかし、あの魔物と異端人。あいつらは俺を辱めた、何とかして殺さなくては。


 なぜ、俺が野蛮人程度に辱められなければならないのだ。

 俺は神に選ばれた様だぞ?


 俺―――山中健人やまなかけんとは、現代日本に生まれた凡人だった。

 どこにでもいる、勉強もそこそこ身体能力も普通。何をやっても平均以下。いつも、凡人ではない、何か非凡の才を持つ者たちを嫉んでいた。

 いつも、幸せなあいつらを消してやりたいと、あわよくば成り代わりたいとそう思っていた。


 そんなことを考えながら社会の一部品として、無個性に動いていた俺に転機が訪れた。階段を踏み外して死んだのだ。

 そのまま目が覚めれば、生前愛読していたweb小説のように、 白い空間に移動していた。


 そこで出会ったのだ。『月の神』その属神を名乗る存在に。


 属神は言った。

 お前は選ばれたのだと。神々の目に留まったのだと。


 それで俺は舞い上がって喜んだね。一つ、能力チートをもって剣と魔法の異世界に行くことが出来るっていうんだから。

 俺はそいつに、『汎用性の高いの能力』を寄こせと言って、転生してきたのだ。


 俺の能力は、魅了と魅了されたものの扱いに特化している。

 二日後。月が満ちる。満月の時の俺は最強だ。野蛮人なんかに負けるわけはない。


 アンカーは能力を解除しても、あの女に付いたままだ。

 二日後、アンカーにテレポートして、俺は魔物どもを始末する。

 二日もあれば、戦力になりそうな女も集められるだろう。


 我ながら完璧な作戦だな。俺の能力を最大限に生かしていると言えるだろう。

 先ほどのメイド服の女を再度呼び出し、ワインを持ってこさせ、酌をさせながら、満ちかけている月を眺める。


 フハハハハ!ハーハッハ!


 

 その夜。山中健人のいる町―――――連邦の辺境都市『ファスタル』には、高笑いの声が響き続けていたという。

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