第2話
さて、朝になり、俺が寝室から出ていけば、テーブルにパンに、干し肉、フルーツが盛られた器がおかれメモ用紙が添えられている。師匠の姿は見えない。
『ちょっくら、日課の素振りをしてくるわ。何か用があったら外にいるから探しに来な。飯は好きに食っていいから』
上手いとは言えない字でそう書かれている。
特に腹が減ったとも感じないので、外へ出て、師匠を探しに行くことにした。
扉を押し開け外に出れば、外套をそばに脱ぎ捨てて、音もたてずに剣を振っている師匠の姿がある。
目は鋭く細められていて、自分の世界に入っているようだ。
俺に気付く様子はない。
「レプロ師匠。おはようございます」
「ん?あぁ、おはよう弟子よ!どうした?何かあったか?もう俺のことが恋しくなっちまったかい?」
「いえ。師匠の素振りを見て、技術を吸収しようかと」
すぐさま否定されたのが悲しかったのと、弟子のやる気があってうれしいのの半分でがっくりとしている。
しかしすぐさま取り直して、威厳を保とうとする師匠。保つ威厳なんてないのに……。
「そうかそうか。それは熱心なことだな!師匠はうれしいぞぉ~。じゃあ最初のミッションだ。俺が見ててやるから300回くらい素振りしな。お前さんが疲れて小鹿みたいにプルプルしてても支えてやるから!」
余計な節介である。
「俺をなめてもらっちゃ困りますよ。素振り程度でそのようにはなりませんよ」
―――――――――
とか言ってた余裕綽々の俺を殴りたい……。
素振りはずいぶんつらかった。師匠の言っていた通りになるくらいに。
木剣は重く、体幹がずれれば、今までで一番師匠らしく喝を入れられ、無駄に肩に力がこもれば、手で押さえつけられる。
それが一回一回を丁寧に、300もやればつらいことは想像に容易いだろう。
それこそ、一度も今まで剣を振ったことがないともなれば当たり前だ。
最初余裕そうにしていた俺の今の姿を見て、師匠は笑っている。
「師匠!助けるって言ってたんですから、笑ってないで肩、貸してくださいよ」
「キヒヒヒヒヒ!いやぁすまんすまん。『素振り程度じゃそのようにはなりません』だっけか?いやぁ、面白いぐらい、俺の言ったようになったもんだからよぅ!ま、その分、今までよか強くなるだろうからよ。昼時だし、飯にしようぜ」
確かに、腹がずいぶんと減った。朝も食べてないしな。
ここでは日も見えないし、時間感覚がくるってしまう。
飯が食べられるっていうなら、おいしくいただこうじゃないか。
師匠に連れられ、家の中に入る。
師匠は俺のそばにいたはずなのに、テーブルの上の食事が別のものに変えられており、素振り前に見たものとは違うラインナップが並んでいる。
「あれ?師匠、食事が朝見たものとは変わっているのですが、コレは一体?」
「あ~、教えてねぇもんな。これからお前も世話になってくんだ。教えておこう。リプロ。挨拶しな」
師匠が、リプロと呼べば、家が揺れる。
ランプに赤い目が出てきて、頭の中に師匠と似たような声が流れる。
『教えちまっていいのか、レプロ?お前はこのこと隠してぇんじゃなかったのかい?』
「確かにそうだが、俺はこいつを信頼した。別に絶対に隠したいってわけじゃないんだ。隠してたら切り札になるかなって、下心から隠してるだけなんだ。弟子くらいにゃ教えるさ」
『そうかい。ならいいや。初めましてだヴァンディール。俺はレプロの秘密中の秘密!お前さんが居るこの家と同化した精霊様だ。家事なんかは俺が全部やっている。頼ってくれや』
精霊だって?そいつは隠したくなるわけだ。納得だな。
この世界には魔物の一種として精霊ってのがいる。こいつらは人間や魔物が使う魔術なんかとは比べ物にならない影響力を及ぼす『魔法』ってのを使う。
魔術は修練を積めば誰だって使えるが、魔法は物質や自然と心を通わせることのできる精霊にしか使うことができない。
魔術というのは『魔力を使って現象を起こすシステム』のこと。
魔法というのは『魔力を対価に自然の法則を変換するシステム』のことだ。
どちらが強いかというのは明確に言えないが、魔力の多寡と熟練度で勝敗は決まる。法則よりも強く現象を起こせれば魔術が勝るし、法則の絶対性が強ければ現象を起こすだけでは勝てない。
基本的には精霊というのは大きな魔力を持つため、魔法は危険視されている。
そんな精霊がこの家に取り憑いているというのだ。大きな切り札となるだろう。
「ああ。よろしく頼むよリプロ。師匠、精霊とは、随分凄い者が仲間にいるのですね。これは心強い」
「実は俺が仲間にしたってわけじゃなくてだな、俺があとからこの家を見つけて、俺がこいつの仲間になったんだ」
頭の中に笑い声が響く。
『ヴァンディール聞いてくれよ。森の中にこんなきれいな家があったら警戒するだろうに、こいつなんの警戒もせず入ってきて、すぐにベッドで寝やがったんだぜ。起きた時に声をかけてみたら、おもしれえぐらい悲鳴上げて腰を抜かしたんだ』
「いや、あんときの俺は疲れてたんだって!弟子よ。俺はそんなに警戒心の薄いやつじゃないからな!?それに、起きた瞬間誰もいねぇのに声が聞こえたら誰だってびっくりするだろうが!」
ばれたくなかった事を言われてしまったのか、声を荒げる師匠。すでにリプロを紹介したことを後悔していそうだ。耳がぴくぴくしている。
しかしずいぶんと仲がよさそうだ。まぁその出会いから何となく経緯は想像つくけどね……。
「まぁそういうことで、こいつが食事や洗濯なんかもやってくれている。俺らは修行に集中すればいいってわけよ」
「わかりました。ここまでのサポートがあるのですから。絶対強くなって見せますよ」
生半可な修行や強さじゃ転生者に勝てないことは分かりきっている。
目的を胸に、再度やる気がみなぎった。
「じゃ、食べようぜ。ずいぶん良いもん作ってくれるからよ。毎回飯がうめぇんだ。一回食えば虜になっちまうぜ」
食事を想像して、目を細めている。よっぽどうまいんだろうな。楽しみだ。
『今日は、魔牛の肉をゴロゴロ入れたシチューだ。黒パンを浸して食いな!うめぇぞ。ぶっ倒れ無いよう注意しな!』
そんなリプロの声を聴きながら、シチューを口に含めば、魔牛のミルクと魔牛の柔らかいほろほろとこぼれるな肉が、口の中でとろけあう。黒パンを浸せば麦の香りが強く鼻に抜け、優しい甘みが口に広がる。
今まで感じたことのないような、美味しさだった。
『倒れないように』と語るだけはある。
魔牛のおかげだろうか、疲労が抜け、午後も午前と同じような調子で、修行を続けられそうだ。
俺の表情を眺めて、師匠も顔をほころばせる。
「その顔はずいぶん美味かったみてぇだな。疲れが取れるだろう?こいつは魔法を飯に使ってやがるんだ。ずいぶん贅沢にな。午後も頑張ろうぜ」
魔法の使い方がずいぶん平和的だな。戦いにしか魔術を利用しようとしない、人間とは大違いだ。
そう考えると、不思議と笑みがこぼれるとともに、優しい魔物たちを殺そうとする、転生者と人間に怒りがこみ上げる。
人間たちと変わらない、生活があって、感情とやさしさをもって動いてるんだ。なのにどうして。
絶対に転生者を倒して、正常なバランスに戻す。それを俺は固く誓った。
「食い終わったな。じゃあ行くぞ。午後も素振りだ。何事も基礎からだからな!」
「ええ。行きましょう。リプロさんも、食事の用意ありがとうございました。これからよろしくお願いしますね」
『おうよ!片づけはしておくから、修行。頑張って来いよ!』
テーブル上の食器が、ひとりでに動きだし、どこからともなく水が流れ、汚れが落とされていく。
精霊のすごさを感じながらその光景を横目に、家の外に出た。
――――――――――――――――――
「それじゃ、さっきとは違うことをやってもらおう。さっきは無心で木刀を振っていただけだったが、今度は動きを指定していくからな」
師匠に手を取られ、木刀を絞るように握らされ、肩を水平に抑えられる。
「肩を上げないように、肩の下にある筋肉で引っ張るようにして、剣を振るんだ。手を緩めないようにな。一振り一振りを実際に敵がいるように想像して、行ってくれ。集中が緩んでいたら、伝えるからな」
素振りを始めるが、やはり木刀が重く、背筋が折れ、木刀を何とか持とうとすれば、力がこもり肩が上がってしまう。
そうすると、肩を抑えられ、腰を抑えられ背筋を正される。
ずいぶんつらいが、やっているうちに、剣筋がまっすぐになってきて、風を切る音が聞こえてくるようになる。
どんどん楽しくなってくる。数をこなせばこなすほどに、姿勢を正されることが減っていく。
その姿を眺めてレプロは
「こいつの吸収力はやべぇな。キヒヒヒ。教えがいがあるぜこりゃあ」
とつぶやく。集中しているヴァンディールには届いていないようだ。
師匠が手をたたく乾いた音が聞こえ、素振りをいったんやめる。
「じゃあ次は、別の修行をやるから、木刀もってついてきな。走るから、遅れるなよ」
そう言って、俺がぎりぎりついていけそうなスピードで走り出す。
「やべぇ。ついていかなきゃ」
すこし軽く感じられるようになった木刀をもって、俺は後のことを考えず、本気で走り出す。
走った時に感じる風は、随分と気持ちよく思えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます