第1話
気が付けば、俺は先の見えぬ広さをもった、白い空間の中にいた。
「ここは……?」
俺のつぶやきに反応するように、目の前が白い光でいっぱいになる。反射的に目をつぶれば、目の前には、一本一本が絹と見まがうかの光沢をもった白い髪に、空のように澄んだ青い目をしている、目鼻立ちの整った男が立っていた。服は白い布を重ね合わせただけのような簡素な服―――のちに知ったがトガというらしい―――をまとっている。
「ここは私の領域だ。神界とも呼ばれる。ようこそ、希望となりうる素質を持った男よ。転生者と会合してしまったのは残念だったな」
神界だと?目の前の男は神だとでもいうのか?希望となりうる素質だって?転生者ってのは?一体この状況は何なんだ?
「質問が多いな。一度にそんなに言われても、同時に答えることはできんぞ」
「ッ―――」
言葉に出していないのに伝わっているだと。俺の思考が読めるっていうのか!?
「もちろんだとも。先の質問に答えるなら私は神だ。肉体もない精神体の思考ぐらいは読める」
神だと?存在するなら、なぜ俺を、俺の仲間を見殺した!俺らは何もしていない。ただ俺たちなりの幸せを享受しようってだけだろう!答えろよ!
「落ち着け。私だって、魔物のことを助けたいとは思っている。しかし今の状況では何もできないのだ。一度話を聞いてくれないか」
そう言いながら、俺に近づき
「まず、私は調律の神と名乗っている。下界――君たちにとっての現世――の生き物たちのバランスを調整するのが役割さ。最近、魔物たちが急激に数を減らし、生息域を減らしていっている。これには最近の神々の道楽がかかわっている。キミも知っているだろう、特殊なステータスや能力を持つ人間が増えていることを。あれが神々が、別世界から力を与えて連れてきた、遊びの駒。それが転生者だ。ここまではいいな?」
ああ、問題はない。つまり、俺の兄も、魔物たちがどんどん殺されている原因も、全部転生者、ひいては神々の影響だということだな。
「話が早くて助かるよ。調律の神としてね、遊びで世界のバランスが壊れていくというのはどうにも良くない。そこでだ。魔物ととても仲が良く、転生者に恨みのあるキミを選んだ。キミはとても魔物たちに愛されていた。キミなら魔物たちを助けてくれるだろう。そこで私はキミに転生者を殺す、転生者殺しになって、この遊びを終わらせることを依頼する。魔物たちが君を鍛えてくれるとも言っている。私は干渉をしすぎることはできないため、特殊な能力を授けたりなどはできないが、どうか引き受けてはくれないだろうか?」
もちろんだ。俺の願いにもあっている依頼だろう。能力がなくたって、魔物たちが手伝ってくれるというなら、俺はどこまでだって努力できる。絶対殺してやるさ。
「そうか。ありがとう。心より感謝する。転生者を見分ける力、魔物と意思疎通する力、新たな肉体、そのくらいなら授けられる。頑張ってくれ」
ありがとう。復讐の機会を授けてくれたこと、感謝する。あなたの依頼、必ず完遂しようじゃないか。
「では、魔物の中でも強いものがいるところにキミを送る。送られて気が付いたのなら、ステータスを開いてくれ。いろいろ細かい部分や、魔物たちの位置などがわかるだろう。さらばだ」
ああじゃあな。次会うときは、転生者たちを消した後だ。期待して待っていてくれ。
俺は淡い光に包まれ意識が遠のいていく。だんだん周囲が朧げになっていき、果てに消え去った。
―――――――――
気付けば、暗い、鬱屈とした木々の中に立っていた。俺がいるのは、木々の間の広間のような場所だ。草も木も何もなく唯一日が差している。しかし、日の色は見慣れた色ではなく、紫がかった、暗めの色をしている。
「ここが魔物たちの生息域の近くか。あまり生き物がいなさそうな場所だが……。日の色もおかしい。帝国とは違う場所なのか?」
俺のつぶやきは静かな森に響く。神によって興奮を抑えられた、少年の精神には、暗い木々はあまりに怖かった。ここでは独り言を言わないことにすると固く決め、ステータスを開く。
いつもと同じ、低い数値を眺め、下に目を動かしていけば、最初に、技術欄に見慣れないものがあることに気付く。
『調律の神の使徒』
そう書かれており、指で触れてみれば、概要が映し出される。
『魔物の言語の理解。また、他人のステータスを見ることができる。調律の神から、依頼を受けた証であり、調律者からのメッセージを受け取ることができる』
俺がこれを見ることを見越していたかのように、『メッセージを受理』という言葉と共に、調律の神からの物だろうメッセージが表示される。
『これを見ているということは、キミを上手く送れたようだね。キミの見た目は、元の見た目とあまり変わっていない。また、そこは帝国から離れた、魔国の「沈黙の森」といった場所だ。転生者はそこまで強くないのが一人しかいない。その森にいるだろう、魔国八将の一人である
なるほど。魔国は帝国から、三つの国を挟み、一つの大きな山脈を超えた先にある場所だ。人間国家からは魔物が中心の国ということで国家としては認められていない。俺はいつか魔物たちを連れていきたいと思っていたから、知っていたが、普通の帝国人は存在すら知りもしないだろう。
ずいぶんと神はいい場所に送ってくれたな。レプロという
早速、レプロという
そんな黒を全身にまとったような奴が、暗い森の中で見つかるのか?角もフードをかぶっていては分からないだろう。どうやって見つけさせようというのだろうか。
あてもなく歩いていれば、明らかに森にあるには異質な石造りの家を見つける。家といっても大きさは小さく、小屋と呼ぶのが正しいだろうか。その小屋には武骨な気の札が立てかけられ『レプロ』と書かれている。
明らかに目的の家だろう。しかしあんなにわかりやすく家があるものか?罠なのでは―――ッ
今まで感じたことのない圧力が俺を襲う。
「キヒヒヒ!おめぇさん誰だぁ?」
剣を首に突き付けられていた。フードの中から、鈍く光る眼がのぞく。皮一枚が切れ、わずかに血が流れる。
「待ってくれ、俺は神に依頼されてきた。お前と敵対するつもりはない」
そう呟けば、慌てて剣を首からどかし、頭を下げてくる。同時に圧力も霧散する。
「おぉっとすまねぇ!今日から俺んとこに来るっていう人間さんだったか!そいつは悪いことをしたぁ!大目に見てくれや!」
「いや、こんな森の中ではわからなかったろう?別に怒ってもないさ」
そうすれば頭を上げ、はじめて上悪魔というものを見た俺でもわかるくらいにニコニコしている。俺の言葉を聞いて安堵したのだろう。
「そいつは良かった!これから教えられることは全部を教えていくんだ。肩ひじ張らず頑張ってくれや!名前はなんて言うんだ?」
名前は―――と口を開きかけたところで、ここまで来たのだから前の名前を使うのはどうなんだろうかと思い至る。あの家に思い入れはない。名前もいっそ変えてしまおうか。
「どうした?腹でも壊したか?え?俺変なこと言った?」
「いや大丈夫だ」
そうだな。俺の新しい名前は―――
「ヴァンディールという。これからよろしく頼むよ、師匠?」
師匠と呼ばれたことがうれしかったのか、その顔をほころばせて、鼻歌なんてしている。「師匠♪師匠♪」と喜びをかみしめている。
「師匠。家に入れてはくれないか?さすがにここで立ち話をずっとしているのでは何も進まない」
「おおそうだったな。いや済まねぇ。こんなとこに人が来るのは久しぶりなんだ。ヴァンディールよ。ついてきてくれたまえ……どう?師匠っぽい?」
「最後の言葉がなければ完璧でしたよ」
少しあきれながら伝えれば、ショボーンとした顔で俺を連れて木で作られた扉を開け中へ入っていく。
しかし、この愉快な方と一緒なら、楽しく暮らせそうだ。吸収すべき部分はしっかりと吸収しようじゃないか。
その日は、もう疲れたろうからと、寝室に案内され寝るよう勧められた。
実際、森の中を歩いたことで、足に疲労がたまっていた。師匠に感謝を伝えて、俺はその日を終えた。
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