標的は転生者

緑豆(グリンピース)

プロローグ

 私は、ずいぶんな仕打ちを受けていたのであろう。


 何度も、何度も、献身的に家族を手伝ってきたというのに。なにも報われることなく、ただただ、蔑まれるのみだ。何をどこで違えてしまったのだろうか。気づけば私は愛した者たちも守れず、死んでいくのみとなっていた。


 私は……いや俺はオデウス帝国の辺境にある子爵家に生まれた。兄を二つ上にもち、普通に暮らしていた。乳母に世話をされ幼少を過ごしたが親にも愛情をある程度は注がれていたのであろう。


 しかし、兄がその才覚を表してからは違った。七歳のころに、帝国の人間はステータスといったものを授かる。体力と精神力を数値化し、得意な技術がまとめられているものだ。基本的にはステータスを授かった時点ではそこまでひどく騒がれるようなものではない。ないはずなのだ。


 兄は違った。この帝国に十年ほど前から現れるようになった、神から授けられたとしか言いようのない、ただの帝国人とは違ったものだ。スキルと書かれ、レベルと書かれている。根本から違ったステータスを有していたのだ。


 そのステータスを持つものは魔物といった生き物と戦い、動き学ぶことで、ほかの物とは一線を画した成長曲線を描く。さらにこの世界の法則に介入するかのような、強力な能力も有しているのだから、優遇されるのは当然だろう。




 そこからは違った。俺は見向きされることもなく育った。食事は渡されるだけ、家族と言葉を交わすことは一日に一言あるかないかで、兄が両親に愛を受け成長し、皇帝の娘と仲良さげに会話し、婚約までこぎつけたことで家を上げて大事にされている。そんな姿を遠目に眺め、一人過ごす日々。


 そんな生活も、みんなに出会えてからは違った。兄が特異なステータスを授かってから、5年近くたったころだ。俺が、することもなく領地周りにある平原を歩いていた時だ。俺は小さな子供たちに殴られている青い粘体を見つけた。俺はそのころ、その粘体が何なのかなんて知らなかったので、子供たちから、家紋を見せて助けてやったのだ。今思えば、あの子供らが最低限、学を持っていたからこそ通用したのだろう。


 そうして救った粘体は、俺が救ったことを理解しているのだろうか、すり寄り、甲高いしかし聞き取れないということはなく、すっと耳に入ってくるそんな声で「ピッ」と鳴く。それがあまりに愛おしくてかなりの時間、それを腕に抱いていた。


 「お前は、私に対して、優しく接してくれるのだな。人ではないものに好かれ、人からは嫌われ。皮肉なものだな。お前もそう思うだろう?」


 「ピッ。ピ!」


 「ハハハ……。励ましてくれるというのか。お前、優しいな」


 そうして、改めて粘体のことをすっと眺めてみると、粘体の頭に赤い文字で【スライム lv.2】と書かれていることに気付く。そこで俺は、今まで腕に抱き過ごしていたこの粘体は、人類の敵と呼ばれている、【魔物】の一種であったことを理解した。


 この世界には、我々人類を脅かす存在といわれている生き物――【魔物】というものが存在する。魔物は、俺らのようにステータスを持っていて、眺めれば、赤く名前とレベルが書かれている。はじめは兄のようなステータスは魔物と同じであると言われ、忌避されていたが、人間でありながら、際限なく魔物のように強くなっていくことがわかると、もてはやされるようになったのであった。


 閑話休題それはそれとして


 とにかくそれに気づいたとき、今まで魔物は人類の敵であると聞いてきていたが、どうにも人間なんかよりも優しく温かい生き物のように感じられた。嫌悪感も何も浮かばない。何なら一層に人間を醜いと感じる。なぜこんなにも優しい生き物を人は殺そうとするのだ?


 それから、俺はすることもないので、子供にいじめられている魔物たちを助けることにした。もちろん助けた子たちを保護しながらだ。そうしたことを何か月か続けていくと、気づけば助けて俺についてきてくれる魔物たちは数十、数百に及ぶようになった。それでも俺は一匹一匹名前を付け、大切に世話してきた。次第に、俺も笑みがこぼれるようになってきた。確実に、魔物たちの存在は俺の一部となっていたのだろう。


 それが悪かったのだろうか。魔物達と関わって俺が楽しそうにしていたのが気に食わなかったのだろうか。


 兄が俺に、最近何をしているのか?と、問うてきた。とても、嫌そうに、蔑むように、きつく眉を寄せ、睨みつけて。赤い瞳を光らせて、話すのも嫌なように話しかけてきていたものだから、いつもの意趣返しにと無視していれば、


 「魔物を飼っていると聞いた。何百もの数をだ。それは本当か?」


 自身の声音を理解しているのだろうか。そのように聞かれれば、言いたくもなくなるだろうに。


 「確かに飼ってはいますが。何か問題でもあるでしょうか?」


 その言葉を聞いて、少し口元を上げる兄。少し先ほどとは違って、食い入るように魔物たちの場所を訪ねてくる。笑ってくれた。同じく魔物が好きなのだと思った。11になってばかりであった俺は、兄の表情の変化の意図に気付くこともなく、自分の仲間が認められたと思い、得意げに場所を伝え、案内をする。


 魔物たちを隠していた平原の端にある、魔物たちともに堀広げてきた洞穴につけば、兄は興奮を隠さず、俺の後ろをついて歩いていたのが、洞穴へと駆け出す。俺は、とくにその行動に違和感を抱くこともなく、「兄も早く魔物たちに会いたいのだろう」などと思ってその背をゆっくりと追いかける。


 なぜ急がなかったのだろうか。なぜ俺は連れてきてしまったのだろうか、後悔ばかりだ。まだなにかできたかもしれなかった。こんな俺でもできることが。


 ゆっくりと土と岩が露出した、掘っただけのただの洞穴に入れば、鮮やかな、それでいてどす黒い赤が俺を出迎える。




…………赤?





 酷いありさまだ。俺が愛した魔物たちは、赤い塊に変えられ、たまに凍り付いていたり、黒く焦げていたりするものが混じる。ああ、あれは切り傷だろうか?こちらは押しつぶされた?何に?ああ、あれはスライムだろうか?俺が飼っているスライムは初めに出会ったスライムただ一匹だ。


 「なんでこんなところで寝ているんだい『ピィちゃん』?君の寝床はあちらだろう」


 俺が抱きかかえても、いつものかわいらしい『ピッ』といった声は聞こえない。それにいつもよりも冷たいし、硬い。


「今日はどうしたんだい?みんなの姿が見えないじゃないか。それに壁も地面も赤い。サプライズかな?そうだサプライズといえば、私の兄を連れてきたんだ。紹介するよ。カイル=フォン=ジェイグだ」


 そう声をかけ、にこやかに兄がいるだろう方向を見る。大きな音もなっているしきっとあちらにいるだろう。


 目に入ってくるのは、魔物たちににこやかに向かいかける兄の姿だった。剣を携えて魔物たちに向かっている。服はその目のように赤く染まっている。いや?目よりもどす黒かったか?


 目の前で愛していた魔物たちが切り捨てられ、踏みつぶされ、氷の魔術をかけられ、炎によって燃やされ、雷を飛ばされ黒焦げになり、原形をとどめていない。兄は


 「フハハハハハ!こんなにも殺戮というのは良心が痛まぬ物か!楽しい!楽しいぞ!経験値がレベルが!ステータスが!上がっていくぅ!」


 目の端に呆然とし、混乱を続けている俺の姿が入れば、兄は……あいつは笑いかける。今まで見たこともないような、心の底からの笑みだ。


 「感謝するぞ!弟よ。貴様が役に立ったのは初めてだな!すぐに貴様もこいつらと同じ場所へ送ってやる!そこで待っていろ。やはり、転生物は戦わなければ意味がない!恋愛も面白かったが、これからは戦闘を中心に行うのも悪くないかもしれんなぁ!」


 意味が分からない。転生?なぜ、魔物たちを殺す?役に立った?俺が?魔物たちを殺すのに?


自身が馬鹿で無力だったことに対する、怒り。そして、その惨劇を生み出したあいつに対する、怨嗟。しかし俺は、どうすることもできなかった。あまりにも、11になってばかりの少年はつらい感情で、そして少年は無力だった。力を、武力を有していなかった。一緒に労働をして、飯を食べて、仲良くしていた仲間たちが、狂気に満ちたあいつに惨く殺されていくところを、俺は眺めることしかできなかった。


 魔物たちを殺しつくして、あいつはのたまう。


 「しかし、ここまで笑いながら魔物を殺すというのでは、姫に引かれてしまうかもなぁ。やはり、初めの殺害で、心を痛めたということにしておこうか」


 何がということにしておこうだ。何が心を痛めただ。こいつは、婚約者に優しくしてもらうためだけに、俺を、俺の仲間を殺そうっていうのか!?


 「最後は君だよ。弟君。さしづめ、魔物を殺し、心を痛めてしまった哀れな私は、魔物たちの猛攻を押さえつけられず、弟を亡くしてしまった。それを悔やんでいる。あぁなんてかわいそうな私。これで姫も私に優しくしてくれるだろう。なぁ?」


 死ね。死ね死ね死ね死ね!お前は許さない。絶対に。殺す。殺してやるぅ!


 あいつは、笑みを浮かべながら、剣を振り上げ、俺に振り下ろす。


 「さ よ う な ら ? おとうとくーん?」


 ザシュッ


 あまりにあっけない音が響いて、俺の意識は薄れていく。消えていく。力なき弱者の、実現をできると思えない、強者に対する殺意と、魔物に対する不甲斐なさと共に。ああ……仇を……あいつを、殺させてくれ…………


 『助けようか?』


 うん?

 

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