第2話 襲撃

 颯爽さっそうと三頭の馬が都を出て、山里へと向かって行く。


 一番前の馬には白髪交じりの体格の良い男が、腰に刀を差して馬を走らせていた。その後の二頭の馬には、仮面の青年ともう一人の若い青年が弓矢を背に、手綱を手にしている。


 ひらけた川原に三頭の馬が到着すると、仮面の青年が白髪交じりの男に、馬上から問いかけた。そこには名もなき小川が流れている。


「師匠、この辺りだろうか」


 白髪交じり男は、仮面の青年から師匠と呼ばれていた。


「恐らく……」


 師匠と呼ばれた白髪交じりの男が答えた。


 若様と呼ばれた仮面の青年は、先ほど茶屋で紙を受け取り、地下の組織でも最終報告を目にしていた人物。


 鉄の仮面は顔の右側の額から鼻の横あたりを隠し、瞳だけが仮面の奥で光っている。それでも美しい顔立ちだろうと思わせる雰囲気がある。


紫音しおん、気配は?」

 

 仮面の青年が、従事している青年に尋ねた。


「いいえ」


 周囲を見回したが鳥のさえずりだけが耳に聞こえている。

 

 仮面の青年が、馬から降りて目の前の川へ向かう。川というより、川幅は狭く深さも膝までには達していない小川だ。師匠と紫音も馬から降りて、周囲を警戒していた。


 仮面の青年は、小川の対岸に渡るため周囲を見回した。


 ちょうど、大きな石が子どもでも渡れる歩幅で対岸まで並べてあった。おそらく、山里の人々が作ったものだと思われる。


 仮面の青年が、その大きな石の上に足をかけた。


「若様、お気を付けて……」


 紫音が、身を案じていた。まるで、これから何か起こる事を予測しているかのようだった。


「そんなに心配しなくても、大丈夫」


 そう言いながら、仮面の青年は対岸へと並ぶ石の上に立ち、小川の真ん中辺りに差しかかった。


「ん?」


 師匠が刀のつかを握る。


 小動物だろうか……。師匠が何やら小川上流のやぶに動くものを目で捉えた。


「若様!」


 咄嗟とっさに師匠が叫び声を上げた。それと同時に、藪の中から数十本の矢が一斉に石の上に立つ仮面の青年に向かって放たれた。


 師匠の声に反応した仮面の青年は、その数十本の矢を避けるように石の上で身をよじる。しなやかに身体は動き、まるで舞のようでもあった。


 矢を放った黒装束の集団が、間髪かんはつをいれず一斉に藪の中から姿を現す。刀を振りかざし、小川の中を走ってきた。五十名ほどの怪しい集団、黒装束を身にまとい口元も黒い布で覆われ、白目だけが浮き出て見える。


「来たか」


 仮面の青年は、冷静に状況を捉えていた。


 藪の中から刀を振りかざして向かってくる黒装束の集団の身のこなしは、相当な訓練を積んでいる者たちに違いない。

 通りすがりの人を待ち伏せして金品を狙う盗賊ではなく、明らかに我々の命を狙う集団。


 仮面の青年は矢を避けて体制を整えながら状況を把握していた。


 黒装束の集団が、姿を現すと同時に……師匠は腰の刀を抜き、すさまじい速さで小川の中を水しぶきを上げながら走った。


「うおおお」


 次々と師匠は黒装束の一人ひとりを切り付けて、仮面の青年のもとへと向かう。


あお!いるなら出てこい」


 その声に驚いた鳥たちが木々から飛び立つ。師匠は、黒装束の集団を切りつけながら周囲に響き渡る大きな声で叫んだ。


 紫音しおんも背に装備していた弓を手に取り、黒装束の集団に向けて次々と矢を放っていた。


 仮面の青年は、まだ石の上。


 仮面の青年も不安定な石の上から、背に装備していた弓を構えて素早く矢を放った。その動きは、達人の域に達している。


 細身の身体からは想像できない、舞のようなしなやかな動きの中に、素早い動き。仮面の青年の放った矢は次々と黒装束の集団に命中していった。


 だが、五十人近くの集団を相手に苦戦をしていた。


 さらに、小川の対岸から別の二人の青年が刀を振りかざし姿を現した。対岸の藪に潜んでいた黒装束の数人を切りつけていた。


「師匠、すまない。隠れていた奴らを始末して……遅くなった」


 まだ幼さが少し残るような顔立ちの青年が叫んだ。


 おそらく、師匠にあおと呼ばれた人物だろう。


 さらに、藪の中で黒装束の一人が息をひそめて弓を構えている事に、あおは気付いていなかった。


 仮面の青年が、藍と呼ばれた人物を目にした瞬間。


 藍の背後に弓を構えた黒装束の一人の姿が目に入った。


「危ない、伏せて」


 仮面の青年が叫ぶと、藍はその声に瞬時に反応した。だが、藍が反応して身体を伏せたがために……その放たれた矢は、藍の頭上を通過して一直線に仮面の青年を捉えた。


 藍はすぐさま顔を上げた。だが、藍がよけた矢は仮面の青年の左肩に刺さり、体勢を崩し石の上から小川の中に倒れ込んだ。


「この野郎!」


 藍は、矢を放った黒装束の一人を一太刀ひとたちで仕留めた。


「師匠、若様が!」


 藍は急いで小川の中に倒れた仮面の青年を抱き上げて、岸へと運んだ。


 だが、仮面の青年の顔から仮面は外れていた。倒れた際に、川底の石にでもぶつけて割れたのか、紐が解けたのか分からない。仮面が外れて、美しい顔立ちが現れた。


「女みたいだ」

 

 藍は、思わず呟いた。あまりの美しい顔立ちに一瞬戸惑った。


 師匠も駆け寄り声を掛けた。 


「若様!しっかり。紫音、若様をお屋敷へ。藍、屋敷まで頼むぞ」


「若様、しっかりしてください」


 そう言いながら紫音は、左肩に刺さる矢を半分に折り、自分の着物の一部を歯で引き裂き、その布地で肩と矢を固定した。


「若様、痛むでしょうが……どうか辛抱を」


 だが、仮面の青年は目は閉じたまま。うめき声すら出ていない。


「藍、早く若様を!ここは藤吉とうきちとワシに任せろ」

 

「早く行け、ここは任せておけ」


 藍と一緒に姿を現したもう一人の若い男は、藤吉とうきちと呼ばれていた。


 川岸に残された師匠と藤吉は、残りの黒装束を次々と切りつけていた。その闘いを背にして二頭の馬は去って行った。


 馬に揺られ、見知らぬ男に抱きかかえられながら仮面の青年は微かな意識があった。


 仮面が外れてしまった……。

 私の命はここで尽きるのか、まだやるべき事があるのに。

 争いのない世にし、民の暮らしを少しでも良くしたかった。

 所詮しょせん、口ばかりで私は終わるのか……。


 私はなぜこのような容姿で不吉の兆しと言われ、この世に産み落とされたのか。

 一体、何のために生まれてきたのだろう。

 人は死にゆく定めなのに、なぜ生まれてくるのだろう。

 来世があるのなら、容姿にとらわれず、争いのない世に生まれたいものだ。

 そして、民のために何かを成し遂げたい。


 仮面の青年は意識が遠のき、闇に吸いこまれていった。


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理系女が弓を握るワケ 弥世子 @tahihoma131

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