理系女が弓を握るワケ

弥世子

第1話 仮面の青年

 人は死にゆくさだめ、なぜ生をうけるのだろう。

 決められたゴールに向かい、生き抜く意味はあるのだろうか。ひとり、夜空に広がる無数の星を眺めながら考えていた。


 都の賑やかな日常風景。

 誰も気が付かないところで、人間の様々な動きが見え隠れしている。


「危ないな、気をつけろ。全く、前を見て歩け……痛たいだろ」


 男が荷を降ろしている最中、若者がぶつかり男が転倒した。


 「申し訳ない、お怪我はありませんか」


 若者は転倒した男に手を差し伸べ、転倒した際に着物に付いた土を払ってあげた。次の瞬間、転倒した男の手には小さな紙が握らされていた。

 ぶつかってきた若者は頭を下げ、その場から姿を消した。


 男は降ろした荷を店内に運びながら、受け取った小さな紙を着物のたもとに忍ばせる。


「またよろしく頼みます」


 荷を運び終えた男は店主に挨拶を終えると、人ごみの中へと再び荷車を引き始めた。

 

 荷車を引いている男が、道の端にいる野菜売りの女に近づき、足を止めて野菜を指さした。


「おい、これをくれ」


「はいよ。今朝、採れたてだよ」


 荷車の男は野菜を受け取り、小銭を手渡した。その瞬間、野菜売りの女に小さな紙も手渡した。野菜売りの女は、その小さな紙を着物のたもとに滑り込ませた。


「さてと、今日はしまいだね」


 そう呟いて、売れ残った大根を籠に入れて女は立ち上がる。


 人目につかない雑踏のなか、都のあちらこちらで情報が集められていた。その内容は様々……行方不明になった者、盗人の話、噂話など。

 情報を集める組織が存在すると、都でまことしやかにささやかれていた。


 茶屋の窓際の机に、鉄製の仮面を付けた青年が酒の入った器を手にして座っていた。窓から誰かが何かを投げ入れ青年の目の前に落ちた、それは小さな紙。


 仮面の青年がふと顔を上げ、窓の外に目をやる。


 先ほどの野菜売りの女の後ろ姿が見えた。背負った籠からは売れ残った大根が顔を覗かせていた。


 驚く様子もなく顔色一つ変えず仮面の青年は、机上に落ちた小さな紙を広げる。 読み終えたのだろうか、仮面の青年は器の酒の中に紙を入れると、紙に書かれた文字はにじみ、紙は溶けてしまった。


 紙が溶けるころには茶屋から仮面の青年の姿は消えていた。


 日が傾き始めた頃、都の外れにある宿に仮面の青年が姿を現した。


「あら。若様、今日は何名で……」


 宿の女将が出迎えていた。


「今日は、三人」


「では、こちらにどうぞ。後ほどお食事とお酒をお持ちします」


 女将は話をしながら、仮面の青年と二人の連れを部屋へと案内した。この宿には離れがあり、そこへと案内された。


「では、こちらへ」


 女将が離れの部屋の鍵を開けて立ち去ると、仮面の青年が声を掛けた。


たつ、外で見張りを頼む」 


 一人は見張り役として離れの部屋の扉前に腰を下ろして、不審な者が近づかないように監視していた。


師匠ししょう


 仮面の青年がもう一人の連れを呼び寄せて、部屋に入った。

 師匠ししょうと呼ばれた男は、寝台に向かい布団を持ち上げた。布団の下には隠し扉があり、地下へと繋がっている。


 仮面の青年と師匠と呼ばれた男は、地下へと続く階段を降り始めた。階段を降り切ると、目の前には人が四、五人入れるほどの空間しかない。さらにその空間には、大きな荷物が置いてあるので一見すると倉庫に見える。


 だが、仮面の青年が壁のある場所でしゃがみ込み、壁に触れる。すると、壁の一部から鉄製の歯車と小さな扉らしきモノが現れた。


 その歯車に、仮面の青年が自分の玉佩ぎょくはいを差し込むと小さな扉が開いた。


 大人の腰ほどの高さしかない小さな扉……。


 小さな扉の先には、目を見張る光景が広がっていた。仮面の青年の眼下がんかには、宿の離れ、建物の地下にはそぐわない巨大な空間が現れた。


 巨大な空間は地下三階ほどの深さのある空間となっている。その空間では十名程の作業する人の姿が目に入る。


 仮面の青年が巨大な空間に足を踏み入れ通路を歩きはじめると、同行している師匠が指笛を拭いた。

 

『ヒューツ!ヒューイッ』


 作業をしながら、その音を耳にした者たちは一斉にひざまずいてこうべをたれた。


 地下で作業をする者たちは、あの通路を歩く人物は帝の直属の部下で身分が高い人物としか知らされていない。さらに、その通路は御簾みすで覆われており顔は拝むことは出来ない構造になっている。


 仮面の青年が、作業を続ける合図で両手を二回叩く。すると、一同は黙々と作業に戻る。筆を手にして何やら書いている者。書簡しょかんを広げて、眉をひそめて読んでいる者。


 地下の空間には、さらにある音が響く。


「チリン、チリン」


 それは小さな鈴の音だが、地下の空間に響き渡る。


 作業をしている一人が急いで鈴の音の先に向かう。鈴の音のする場所は何か所もあるようで、鈴が鳴るたびにいそいそと向かって行く。


 鈴の音の響く先には、大人の手のひらほどの小さな扉。


 小さな扉の蓋を開けると、中には小さな筒が入っている。その筒を拾い上げた者は、別の者にその小さな筒を手渡す。


 小さな筒を受け取った者は、筒を開けると中から紙を取り出し、その紙に書かれた内容に目を通す。その紙の最終的な行き場は、沢山の引き出しが備え付けてある巨大な棚。


 巨大な棚の引き出しには、地域や建物の名が書かれている。その地域や建物で起きた内容や情報が全てこの地下に集結する仕組みとなっている。


 さらに、地域や建物で起きた数件の情報を読み解く者がいて、書簡にまとめて別の棚に保管する。まとめられた情報のうち重要なモノは、仮面の青年に報告をする仕組みとなっている。 


 巨大な棚も目に付くが、その空間の中央には巨大な模型が置かれていた。


 その模型とは、都を中心として東西南北の山々までして造られている巨大な立体的なもの。よく見ると、建物の名称が記載されている札も作られている。


 都中の情報を収集し、巨大な模型を見ながら、あらゆる案件を把握する組織。その組織は都中の情報把握だけでなく、政治、武器の製造から先鋭部隊の育成までをも把握する帝のための組織……その名は四神しじん


「若様、集落の報告をまとめてあります」

 

 師匠が仮面の青年に声を掛けた。


「例の病の状況は」


「最初の集落の者は全滅したようです」


 地下で作業をしていた一人が小さな箱に書簡しょかんを入れて木を鳴らす。


「カン、カン、カン」

 

 すると、仮面の青年に従事していた師匠が近くにある歯車を回し始めた。歯車で引き上げられた小さな箱が師匠の手元にやって来た。


「若様、どうぞ」


 師匠は小さな箱の中に入っている書簡を仮面の青年に手渡した。


「他に変わった事は?」


「大きな動きはありませんが、どうやら、こちらのいた餌に多少の動きがある様子です」


「なるほど……いよいよ姿をおがめるのか」


 若様と呼ばれた仮面の青年は、巨大な模型を上から見下ろしていた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る