第5話 初日の放課後と四角関係の幕開け
「アイス、ジャンケンはなしだぞ。自腹だ」
「えー! ケチー!」
学校から数分歩いた場所にある、駅前の大きな商業施設へと向かう道。 結局、僕の財布は守られたものの、萌香に「アイスをねだる」という体裁で左腕に思い切り抱きつかれたまま歩く羽目になっていた。
「つーか、なんで帰らないんだよ。疲れただろ」
「当たり前でしょ! 初日くらい遊ばなきゃ、青春じゃないじゃん!」
萌香はハイテンションで、僕の腕に頬をすり寄せてくる。 視界の端で、愛梨がわずかに唇を引き結んでいるのが見えた。
「萌香、翼も疲れているんだから、無理に引っ張り回すのは良くないよ」
愛梨はそう言いながら、僕の反対側(右側)にスーッと寄り添ってきた。まるで、萌香の陣地を削るかのように。
「ね、翼? 今日はどこか静かなカフェで、少し休んでから帰らない?」
「カフェ!? いいね愛梨! 駅前に新しくできたパンケーキ屋さんが――」
「萌香、翼は甘いものそんなに得意じゃないでしょ。コーヒーの美味しいお店とかどう?」
静かに火花が散っている。 僕には、なぜ二人が僕を挟んで戦っているのか、全く理解ができなかった。
「おい、お前ら。そんなにヒートアップすんなって」
救いの手を出したのは、陽介だ。
「まぁせっかくだから、みんなでゲーセンでも行くか? まだ時間が早いし、人も少ないだろ」
「ゲーセン!? いいね、陽介ナイス!」
萌香が賛同する。
「……そうね。それなら翼も少しは楽しめるかも」
愛梨も渋々ながら同意した。
僕の意見? なんか華麗に無視された。
駅前のゲームセンターは、平日の午後ということもあり、まだ人がまばらだった。 萌香はリズムゲームのコーナーへ、陽介はクレーンゲームへと散っていく。 僕はどうでもいいとばかりに、隅のベンチで座ろうとした。
「翼、座っちゃだめだよ? せっかく来たんだから」
愛梨が僕の隣に立った。
「私、格闘ゲームはできないけど……あれ、楽しそうじゃない?」
愛梨が指差したのは、某最新の対戦型カードゲームの筐体。
「あれ、複雑で面倒くさいだろ」
「でも、二人で協力して遊ぶモードがあるみたいよ。教えてくれる?」
愛梨は、まるで僕が世界最高の先生であるかのように、無垢な瞳で見上げてきた。 そのルックスでそんな目で見られると、断るという選択肢が消える。
「……仕方ねえな。簡単な操作だけだぞ」
僕と愛梨は並んで筐体に向かい、ゲームを始めた。 カードの配置や戦略を説明すると、愛梨は驚くほどの集中力と理解力でそれを吸収していく。やはり、エリート校のトップは伊達じゃない。
「すごいな愛梨。もう操作を覚えたのか」
「ふふ、翼が教えてくれたからね」
愛梨は楽しそうに笑う。その横顔は、入学式での「新入生代表」の顔とは違い、ただの楽しそうな女子高生だった。
その時、僕たちの間に、影が差した。
「ずるーい! 愛梨ばっかり翼を独占して!」
リズムゲームを終えた萌香が、汗を拭きながら戻ってきた。
「ちょっと愛梨、私と翼は中学からずっと一緒なんだよ! 協力プレイなら私とやるのが筋でしょ!」
「筋なんて関係ないわ。私は今、翼に教えてもらっているの」
両者が一歩も引かない。 愛梨は口調は穏やかだが、瞳の奥は真剣だ。萌香は、感情がそのまま表に出ている。
「じゃあ、これで勝負よ!」
萌香はそう言うと、隣にあった某大型の対戦格闘ゲームの筐体を指差した。
「愛梨、私と勝負しなさい! 勝った方が、明日の昼休み、翼の席で一緒に過ごす権利ゲット!」
「……え?」
……なんで僕?? なんでそうなった??
頭の中が??だらけになる。
僕と陽介(いつの間にかクレーンゲームから戻ってきていた)は、同時に声を上げた。 愛梨は少し目を丸くした後、静かに微笑んだ。
「いいわ。その勝負、受けて立つ」
「な、何を勝手に決めてるんだよ! 俺の席だぞ!」
「いいじゃないか翼。ここはレディの勝負を見守るのが男ってもんだ」
陽介はそう言って、僕の肩に腕を回してきた。ニヤニヤ顔だ。
結局、僕の平穏な初日の放課後は、二人の美少女による命懸けの昼休みを賭けた戦い(僕の席を巡る争い)へと変貌してしまったのだった。
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