第4話 ざわめく背中

「――以上。明日はオリエンテーションがある。絶対に弁当を忘れないように。」


担任の短い連絡事項が終わり、透花大学付属高等学校とうかだいがくふぞくこうとうがっこうの記念すべき第一日目は、あっけなく幕を閉じようとしていた。

時刻はまだ11時半。 本来なら嬉しいはずの「午前だけの日課」だが、C組の教室の空気はどこか浮き足立っていた。


チラチラ、チラチラ。

クラスメイトたちのが、一点に集中している。 その先にあるのは、僕の前の席――新入生代表の大役を完璧に務め上げた、秋本愛梨だ。


「すげぇよな、あの子……」

「話しかけたいけど、なんかオーラが違くない?」


ヒソヒソ話が聞こえてくる。 確かに、今の愛梨は「」そのものだ。背筋を伸ばして教科書を鞄にしまう仕草一つとっても、絵画のように美しい。 僕が声をかけるのも憚られるような雰囲気だ。やっぱり、先に陽介と帰った方が……。


ガタッ!


その静寂をぶち壊すように、僕の右隣で派手な音がした。


「つーばさっ! 帰ろっ!!」


萌香だ。 彼女は周囲の「高嶺の花ムード」などお構いなしに、椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がると、僕の机に身を乗り出した。


「お腹すいたー! ねぇ、お祝いにクレープ食べに行こうよ!」

「おい近いって。あと声でかい」

「えー、だって入学式長かったんだもん。翼、充電させて」


そう言って、萌香が僕の制服の袖をギュッと掴む。

教室中が「あっ……」と息を呑む気配がした。


『あの騒がしい美少女、あいつの彼女なのか?』

という疑惑の視線が突き刺さる。


すると、前の席の愛梨も動き出した。 彼女は鞄を持つと、くるりと振り返り、先ほどまでの冷徹な表情を一変させて柔らかく微笑んだ。


「お疲れ様、翼。……待っててくれた?」


その一言で、教室のざわめきが決定的なものになった。

『おい嘘だろ!? あの新入生代表も!?』

『どういう関係だよあの地味メン!』


……おい、「地味メン」は心が痛むからやめろよ...。


「いや、別に待ってないけど……帰る方向同じだしな」

僕が曖昧に答えると、愛梨は嬉しそうに頷く。

「ふふ、じゃあ一緒に行こ。萌香も、クレープはまた今度ね。今日は翼も疲れてるでしょ?」

「むぅ……愛梨はずるい! さっき代表挨拶で目立ってたからって、余裕ぶっちゃって!」

「別に、余裕なんてないよ」


火花を散らす美少女二人。 その間に挟まれ、僕はいたたまれない気持ちで席を立った。

「ほら行くぞ。陽介も待ってる」


昇降口を出ると、春の日差しがいっそう強く感じられた。 校門へと続く桜並木の下、新入生たちが三々五々、帰路についている。


「おーい、遅いぞお前らー」


校門の前で、陽介が女子生徒数名に手を振られながら待っていた。さすがモテ男、初日から抜かりない。 僕たちが合流すると、自然といつものフォーメーションになる。 陽介と僕が並び、その両隣あるいは間を、萌香と愛梨が歩く。


「いやー、それにしても愛梨の挨拶はビビったわ。なんであんな勉強してたんだ?」

陽介が感心したように言うと、愛梨は少し恥ずかしそうに髪を耳にかけた。


「……翼と同じ高校に行きたかったから、必死だっただけ」

「ん? なんか言ったか?」

「ううん、なんでもない。……たまたまよ」


愛梨は誤魔化すように早歩きになり、僕の少し先を行く。その背中は、さっき壇上で見た時よりもずっと小さく、守ってあげたくなるような華奢さだった。


「もー! 愛梨ばっかり褒めないでよ! 私だって制服似合ってるでしょ!?」

萌香が対抗心を燃やして、僕の目の前に飛び出してくる。 風でスカートがふわりと揺れ、短い丈から健康的な太ももが覗く。


「はいはい、似合ってる似合ってる」

「投げやりー! もっと心を込めて『萌香もえか』って言いなさい!」

「は?! 言えるか!!」


ギャーギャーと騒ぐ萌香、それを呆れつつも見守る愛梨、ニヤニヤ笑う陽介。 透花大付属というエリート校の看板も、この四人の前では形無しだ。


すれ違う他クラスの生徒たちが、振り返っては囁き合う。

「見ろよ、あのグループ……」

「美男美女揃いだな」

「……なんで一人だけ、普通の奴が混ざってんの?」


……おい!なんつった? まぁ、最後の声は聞かなかったことにしよう。


僕は空を見上げた。 雲ひとつない青空。 これから始まる高校生活、勉強についていけるか不安はあるけれど、この腐れ縁たちがいるなら、まあ退屈はしないだろう。


「あ、翼! コンビニ寄ってアイス買お! ジャンケンで負けた人の奢りね!」

「なんでだよ、それぞれの財布で買えよ」

「いいじゃん、男気見せてよー!」


萌香が僕の腕に抱きつく。愛梨が無言で反対側の袖を摘む。 陽介が「俺はパス」と逃げる。


騒がしい春の昼下がり。 僕はこの時、まだ気づいていなかった。 彼女たちが僕の隣を歩くために、どれだけの努力と想いを積み重ねてきたのかを。 そして、この「」そのものが、多くの男子生徒にとっての羨望の的であることを。












〈あとがき〉

読者の皆様こんにちは。作者のSAKURA(サクラ)です

二人のライバル心がもっと見えてきました!

これからもっとバチバチになっていきます笑

是非楽しんで読んでいただけると非常にうれしいです!

2日程度の定期的に投稿していきますので是非末永くよろしくお願いいたします

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