第6話 激突! 昼休みを賭けた戦い

「さあ、勝負よ、萌香!」

「望むところ! 愛梨にだけは、翼の隣の席を渡さないんだから!」


大型格闘ゲームの筐体。 愛梨と萌香は向かい合い、互いにコントローラーを握りしめた。 二人の背後では、陽介が実況席さながらに盛り上がっている。

「なんで僕でそんな盛り上がってんだ?。僕何かした?」と頭を駆け巡る。


「実況はモテ男・青山陽介でお送りします! 昼休みという極上の権利を賭けた、女子高生二人のガチバトル! さあ、使用キャラクターは!?」

……なんだよモテ男って...笑


萌香が選んだのは、派手な炎のエフェクトを纏う、露出度の高い女性格闘家。

「可愛さで勝負よ!」

「ふふ。私は、これで」

一方の愛梨が選んだのは、地味な道着姿の、老練な女性拳法家。見た目通り、初心者には扱いが難しいテクニカルキャラだ。


「おっとー! 萌香選手は直感重視のパワーキャラ、対する愛梨選手は、まさかの玄人好みの技巧派キャラを選択だ! 知性の愛梨、ここで戦略を見せるか!?」


対戦が始まった。 萌香は、持ち前の勢いと明るさそのままに、ボタンを連打する。 「くらえーっ! 炎炎炎!」

画面上の萌香キャラは、ド派手な炎を吐き、愛梨キャラを画面端に追い詰める。 愛梨は、操作を理解していないのか、防御を固めるだけで反撃の糸口が見えない。


「うお、愛梨さん、押されてる! 萌香選手、初戦からエンジン全開だ!」


そして、第一ラウンドは、萌香のキャラが相手を画面外に弾き飛ばし、

Perfect

の文字とともにあっけなく決着した。


「やったー! 私の勝ちよ! 見た、翼!?」

萌香はガッツポーズをしながら僕の方を振り返る。 僕は、ただポカンと画面を見ていた。

「……すげえな、萌香。まさかゲームまで強いとは」

「ふふん! 翼の驚いた顔、ゲット!」


第二ラウンド。 萌香は勝利の勢いそのままに、さらにアグレッシブに攻め立てる。


しかし、愛梨は違った。 彼女は静かに息を整え、両手でコントローラーを包み込むように握り直すと、集中力を極限まで高めた。 さっきまで「分からなかった」操作を、たった一戦で頭の中のどこかにインストールしたのだろう。

さすがはトップ合格者。


「……萌香」

愛梨の瞳が、画面の光を反射して鋭く輝く。


萌香キャラの派手な攻撃に対し、愛梨キャラは最小限の動きで、全てガード。そして、萌香の攻撃が途切れた一瞬、愛梨キャラが風のように高速で突進した。


「おおっと! 萌香選手の隙を突いた、愛梨選手の冷静なカウンター! 萌香選手、体力が半分以上削られた!」

「嘘!? なんで急に上手くなったの!?」


焦りから、萌香はさらにボタンを連打する。それが仇となった。 愛梨は、萌香の攻撃のパターンを完璧に読み切ったかのように、全てをかわし、相手のスキに一撃を叩き込む。それは、まるで精度の高い計算によって導き出された動きだった。


そして、萌香キャラの体力がわずかになったところで、愛梨は一度深呼吸した。 画面上では、萌香キャラが最後のド派手な必殺技を放とうとする。


その瞬間。 愛梨は、僕がカードゲームで教えた「戦略」を応用するかのように、「絶対にガードできないタイミング」を突いて、地味だが強力な投げ技を決めた。

ドン! という鈍い音と共に、萌香キャラは地面に叩きつけられた。


K.O.


「うっそでしょ!? 私の負けぇ!?」

萌香はコントローラーを落とし、信じられないという顔で画面を見つめている。


「まさかの逆転勝利! 技巧派・秋本愛梨選手が、驚異的な学習能力と冷静な判断力で勝利を掴んだ! これにより、明日の昼休み、橋本翼選手の隣の席で昼食をとる権利は、秋本愛梨選手に!」

陽介が興奮のあまり、拍手喝采を送る。


愛梨は、静かにコントローラーを置いた。 勝利したというのに、ガッツポーズも、大きな喜びの声も上げない。

ただ、その頬は微かに紅潮し、口元には小さな満足の笑みを浮かべていた。


萌香は悔しそうに愛梨を睨む。

「愛梨、ずるい! さっきまで下手くそだったくせに……本気出してなかったんでしょ!」

「ふふ。……萌香が翼の席を賭けてくれたから、本気になれたのよ」

愛梨はそう言って、再び僕の方を振り返った。


「翼。……約束通り、明日の昼休みはよろしくね」

「ああ、飯くらいなら別にいいけど」

「飯だけじゃないよ。お昼の、翼の隣の特等席は、私のものだから」

彼女の瞳には、まだゲームの熱が残っているかのように、強い光が宿っていた。


「くそー! 翼、明日見てなさいよ! 明後日こそは絶対勝つからね!」

萌香が不満げに地団駄を踏むが、勝負は勝負だ。


僕にとっては何の意味もないゲームだったが、二人の美少女にとっては、どうやら高校生活の立ち位置を決める重要な戦いだったらしい。

「……はあ、マジで疲れるな、お前ら」


夕暮れの光が差し込むゲーセンを出て、僕たちは帰路についた。 愛梨は心なしか、上機嫌で僕の少し前を歩いている。


姫野 萌香は敗北した。 秋本 愛梨は勝利した。 そして、その勝敗が、翌日の僕の席の空気感を決定づけることになる。


僕の平穏な高校生活の二日目が、始まる。

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