第3話 32分の空白

【取材メモ:2025年8月16日】

携帯電話の通信記録を警察から正式に入手した。

悠真のスマホは、5月17日午後3時05分に柏木町西部の基地局と通信。

その後、32分間、一切の通信が記録されていない。

午後3時37分、最後の信号が残る。

だが、その信号の位置情報は――柏木町から27キロ離れた山中の基地局だった。


物理的に不可能だ。


――高橋亮


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【警察技術班・通信ログ分析報告書(抜粋)】


日時:2025年5月17日

端末ID:XXXX-XXXX-XXXX(佐藤悠真所有スマートフォン)


・15:05:12 基地局ID#KSW-09(柏木町西部/住所:柏木町7丁目)に接続

・15:05:18 GPS座標取得(北緯XX.XXXX、東経XXX.XXXX/自宅から約800m地点)

・15:05:23 以降、端末からの通信信号なし


※15:37:04、基地局ID#MTY-22(山間部・旧柏木村域/住所:隣接市・松谷町)に一時接続

※接続時間:1.8秒。GPS座標取得不能。その後、端末は完全にオフライン


備考:

・KSW-09とMTY-22の距離は直線で27.3km。自転車での移動は不可能。

・MTY-22は人口希薄地域のため、通常は高校生が立ち入らないエリア。

・端末が短時間で2地点を移動した場合、中間地点の基地局と必ず接続するはずだが、該当記録なし。


結論:通信ログに物理的矛盾あり。端末の異常、基地局の記録誤り、または……記録外の“時間”の存在を考慮せざるを得ない。


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【取材メモ:2025年8月17日】


本日、松谷町のMTY-22基地局周辺を調査。山道一本しかない。携帯の電波も不安定。昼間でも薄暗い森の中を30分ほど歩いたが、人の気配はゼロ。


地元の郵便配達員に聞いたところ、「高校生が来るような場所じゃない。熊も出るし」とのこと。


だが、問題はそこにある。


なぜ、悠真のスマホが、こんな場所と一瞬だけ“つながった”のか。


もしこれが誤記録なら、警察もとっくに訂正しているはずだ。技術班の報告書は、3度の再検証を経て提出されている。


つまり、これは“現実”なのだ。


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【インタビュー音声文字起こし:2025年8月18日】

対象:柏木高校2年B組・生徒B(匿名希望)

場所:ファミレス「デイリー柏木店」


「……えっ? 悠真くん、5月17日に見たよ。絶対見た」


「午後3時10分くらい。駅前のバス停で、青いカバン背負って立ってた。俺、『帰らないの?』って声かけたんだけど、こっち見なかった。なんか……ぼーっとしてた」


「バスは来なかったし、5分後にはいなくなってた。だから不思議に思って、後でクラスで話したら、“ありえない”って言われたの」


「だって、駅は柏木町の東端で、悠真くんの家は西のはずれ。自転車で逆方向に行くわけないし、そもそもその時間、商店街で目撃されてるって話だったじゃん?」


「……でも、俺、本当に見たんだよ。嘘じゃない」


彼の声は、震えていた。目は真っ直ぐ前を見ていて、決して逸らさなかった。


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【SNS投稿・Twitter(現X)アーカイブ】


ユーザーID:@kashiwagi_haru

投稿日:2025年5月17日 15:12


柏木駅で悠真くん見かけた!なんか疲れてそうだった。声かけようと思ったけど、目が合わなくてやめた。帰るの遅いな〜


※このアカウントは2025年5月20日に削除。

※IPアドレスは柏木駅周辺の公衆Wi-Fiと一致。


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【取材メモ:2025年8月19日】


生徒Bと@kashiwagi_haruの証言は、内容・時刻・場所が一致している。

だが、柏木駅周辺の防犯カメラ8台には、悠真の姿は一切映っていない。

さらに、駅の改札を通っていない(Suica記録なし)。

つまり、彼は“駅前には行ったが、駅には入らなかった”ことになる。


しかし、その時間、悠真は商店街にいたはずだ。

田中精肉店の店主が「3時02分に会釈した」と証言している。


商店街と柏木駅の距離は約1.4キロ。

自転車で移動しても、5分以上かかる。


3時02分に商店街。

3時10分に駅前。

物理的に不可能ではないが、極めて不自然。


しかも――

スマホの通信ログは、そのどちらの場所とも一致しない。

3時05分以降、端末は“町にいない”。


現実と記憶が、ずれている。


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【警察内部メモ(非公式・匿名提供)】


日付:2025年6月2日

作成者:不明


佐藤悠真事件について、複数の目撃証言と通信データの矛盾が解消不能。

特に問題なのは、時間軸の分岐。


・A系列:商店街目撃(3:02)→ 自宅方向への移動(想定)

・B系列:柏木駅目撃(3:10)→ 不明な移動

・C系列:スマホ通信(3:05で停止/3:37に山中で再接続)


これらは、同時には成立しない。

だが、証言者は全員、精神的に安定しており、虚偽の可能性は低い。


仮説:

「佐藤悠真は、3時05分から3時37分の間、“別の時間帯”にいたのではないか」

※根拠なし。単なる推測。


上記仮説は、捜査会議にて却下。

理由:「非科学的」。


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【メール記録:2025年8月20日】

送信者:柏木町役場・文化財担当(匿名希望)

宛先:高橋亮


件名:時計塔と“空白の時間”について


先日の取材で、時計塔の話をされたとのこと。

役場の古い文書を調べてみたところ、昭和12年の町議会議事録に、以下のような記述がありました。


「……本町の時計塔は、毎日午後3時より32分間、意図的に停止する。これは、鎮魂のためであり、神事の一環である。町民はこの時間を“静寂の刻”と呼び、外出を控えるべきである……」


当時の町長は、旧佐藤家当主(悠真くんの曽祖父)でした。


この“静寂の刻”中は、町の記録(役場日誌、商店の帳簿、学校の出席簿など)が一切残らないことが多く、後世の歴史研究者を悩ませています。


もしかすると、現代においても、この“時間”が何らかの形で作用しているのかもしれません。


ただし、このメールの内容は非公式です。役場としての見解ではありません。


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【取材メノ:2025年8月21日】


今日は、悠真のスマホを解析した民間フォレンジック会社の技術者・山本氏に会った。


「通信ログの異常は、端末のバグでも、基地局のエラーでもありませんでした。データは完全に整合性を持って記録されています」


「ただ……不思議なのは、3時37分の山中基地局との接続が、“受信要求”ではなく、“送信応答”だったことです」


「つまり、端末が何かの信号に“応答”して、一瞬だけ基地局とつながった。誰かが、悠真くんのスマホを“呼び出した”可能性があります」


「でも、そんな機能は、普通のスマホにはありません。特殊なアプリか、あるいは……」


彼はそこで言葉を飲み込んだ。


「……あとは、もう聞かないでください。僕にも家族がいますから」


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【ドキュメンタリー制作メモ:2025年8月22日】


今日、すべての情報を並べ直してみた。


・3時02分:商店街で目撃

・3時10分:駅前で目撃

・3時05分:スマホ、町内で最終通信

・3時37分:スマホ、山中で一瞬接続

・32分間:一切の記録なし


目撃証言は信頼できる。通信データも改ざんされていない。

だが、これらを一つの時間軸に収めることは不可能だ。


だとすれば――


複数の“時間”が、同じ現実に重なっているのではないか。


柏木町では、午後3時から3時32分の間、“静寂の刻”が今も機能している。

その時間に入った者は、外部の記録から消える。

でも、その中では普通に動き、話し、存在している。


悠真は、その時間に入った。

だから、23人が見た。

でも、カメラやスマホは“外側”の記録装置だから、彼を捉えられない。


そして、3時37分。

彼が“戻ろうとした瞬間”、スマホが山中の基地局とつながった。

なぜ山中なのかはわからない。

だが、そこが、“境界”だったのかもしれない。


馬鹿げている。

でも、これ以外に説明がつかない。


そして恐ろしいのは――


もしこの仮説が正しいなら、

悠真は今も、“32分の中”にいる可能性があるということだ。


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【取材メモ:2025年8月23日】


本日、高橋監督(私自身)が、取材ノートにこんな一行を書いていたのに気づいた。


「3時05分、桜並木通りで自転車を見た。青いカバン。左肩にジャージ。顔は見えなかった」


だが、私は事件当日、柏木町にいなかったはずだ。

私は東京にいて、別のドキュメンタリーの編集をしていた。


記憶にない。

でも、ノートには確かに、自分の字で書いてある。


……私にも、32分の記憶が混入しているのか。


(つづく)

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