第4話 カメラが見た嘘
【取材メモ:2025年8月24日】
柏木町の防犯カメラ映像を、改めて全件検証中。
警察が提出した「映像なし」という結論に、違和感がある。
特に、スリーエイト柏木店の映像。
服装が違う、顔が映らない、そして――
なぜか、オリジナルデータが“消えた”という。
カメラは嘘をつかない、と誰かが言う。
でも、もしカメラそのものが“書き換えられていた”ら?
――高橋亮
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【警察提出資料:防犯カメラ映像検証結果(再提出版)】
提出日:2025年7月10日
担当:柏木警察署・科学捜査班
対象映像:スリーエイト柏木店・2025年5月17日 15:00~15:15
内容:
・15:01:03、ヘルメット着用の自転車利用者が店前通過
・服装:紺色ジャージ、黒ズボン、青いカバン(形状は佐藤悠真所持品と一致)
・ただし、柏木高校ジャージは「白地に青ライン」。映像のジャージは「紺地無地」
・顔はヘルメットの影で判別不能
結論:
「本人の可能性は否定できないが、服装の不一致から『未確定』とする」
備考:
・当該映像のオリジナルデータは、2025年6月5日にスリーエイト本部サーバーから「誤って上書き」されたとの報告あり
・警察が保管していたコピーは、店側から提供されたMP4ファイル(圧縮済み)のみ
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【取材メモ:2025年8月25日】
スリーエイト柏木店を再訪。店長は変わっていた。前の店長は「事件のストレスで休職中」だという。
新しい店長・佐々木氏(42歳)は、当初慎重な態度を取っていたが、映像データの件になると、少し動揺した様子を見せた。
「本部から連絡があって、『古い監視データは自動削除されるシステムになった』って言われて……。でも、警察が使ってたファイルは、うちの従業員が当日にUSBでコピーして渡したものです」
「服装? ええと……記憶は曖昧ですが、ヘルメットしてたのは確かです。高校生って、たまに違うジャージ着てたりしますよね? 体育の後とか」
「……でも、警察が何度か来て、『その映像、誰がコピーしたの?』って聞いてきたんです。うちのバイトの子が、妙に怯えてて……」
彼はそこで言葉を切り、奥の事務所に引っ込んでしまった。
10分後、元店長の連絡先をこっそり教えてくれた。
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【インタビュー音声文字起こし:2025年8月26日】
対象:元スリーエイト柏木店長・田中誠(51歳)
場所:自宅(柏木町外・仮住所)
「……もう、しゃべっちゃダメだって言われてたんですけど」
「あの映像、実は……元々、“ヘルメットなし”だったんです。最初に警察に渡したUSBには、はっきりと顔が写ってて。ジャージも柏木高校のやつでした」
「でも、2日後くらいに、本部から“データを差し替えろ”って連絡が来て。『誤認識を防ぐため』って。新しい映像は、誰かが作ったのか、元の映像を加工したのか……わからないけど、ヘルメットが追加されてて、ジャージの色まで変わってた」
「俺、怖くなって、そのUSBを自宅に隠した。でも、一週間後に家が停電したあと、USBがなくなってた。妻も覚えてないって言うし……」
彼の声は震えていた。
「高橋さん、あの子……悠真くんは、確かに映ってたんです。笑ってましたよ。自転車のカゴに、青い手帳を入れてて」
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【映像解析レポート(民間委託・非公式)】
依頼者:高橋亮
解析対象:スリーエイト映像(警察保管MP4ファイル)
解析日:2025年8月27日
・映像フレームに不自然なエッジ検出(人物周辺に3pxのアルファマスク痕)
・ジャージの色成分が周囲のカラーモデルと不一致(後から上書き処理の可能性)
・ヘルメットの影が、当日の太陽高度と矛盾(影の角度が17度ずれている)
・背景の車のナンバープレートが、5月17日時点でまだ発行されていない新書式
結論:
「本映像は、オリジナルの監視映像を元にした“再構成映像”または“合成映像”の可能性が高い」
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【取材メモ:2025年8月28日】
柏木町内のコンビニは全部で4軒。
そのうち、スリーエイト以外の3軒には、5月17日午後の防犯カメラ映像に“加工痕”は見られなかった。
ただし、いずれも悠真の姿は映っていない。
だが、気になるのは、別の映像だ。
柏木町役場前の交差点カメラ(交通監視用)に、5月17日15:08に「青いカバンを持った人物」が一瞬映っている。
服装は不明だが、身長・体型が悠真と一致。
この映像は、警察が提出資料に記載していない。
私が独自に交通局に申請して入手したものだ。
しかし――
映像の時間表示が、15:08ではなく「15:40」となっていた。
カメラの日付は正しいのに、時計だけが32分進んでいる。
役場の担当者は、「故障してたかもしれない」と言ったが、
他の日にちはすべて正確だった。
なぜ、この日だけ、32分進んでいるのか。
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【メール記録:2025年8月29日】
送信者:匿名(IPアドレスは柏木町内・プロキシ経由)
宛先:高橋亮
件名:映像は“見せたいもの”だけを見せる
あなたが探してる“本当の映像”は、どこにもない。
なぜなら、カメラが“32分の中”を記録できないからだ。
でも、誰かが“それらしい映像”を用意する。
服装を変えて、顔を隠して、記録を上書きして。
目的は――混乱させること。真相を永遠に探らせないこと。
スリーエイトの映像は、最初から“嘘”だったのかもしれない。
あるいは、“本当”だったものを、誰かが“嘘”に変えたのかもしれない。
どちらにせよ、あなたが見ているのは、“見せられた現実”だ。
信じるな。
見てはいけないものを見ようとしている。
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【取材メモ:2025年8月30日】
今日、技術者に頼んで、スリーエイト映像のメタデータをさらに掘り下げてもらった。
すると、興味深い情報が出た。
このMP4ファイルの作成日時が、
「2025年5月19日 14:32」
だった。
事件発生日の2日後。
しかも、時間は“14時32分”。
32。
また、この数字が出てくる。
さらに、ファイルのEXIF情報に、ごく小さな文字列が埋め込まれていた。
「K.T.-32.SYNC」
K.T.――
これは、「柏木時計(Kashiwagi Time)」の略か。
それとも、「監視塔(Kanshi Tower)」か。
あるいは……「彼(Kare)の時間(Time)」か。
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【警察内部メモ(非公式・匿名提供)】
日付:2025年6月15日
件名:佐藤悠真事件・映像データに関する注意喚起
・スリーエイト映像以外にも、複数の個人宅・商店の防犯カメラデータに“不審な変更”の報告あり
・例:映像の時間帯が32分ズレている、人物がぼかされている、該当時間帯のデータが欠落
・これらは単なる故障や設定ミスとは考えにくい
・内部指示:映像証拠の扱いには最大限の注意を。二次的な情報操作の可能性あり
※本メモは非公式・非公表。記録に残さないこと。
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【ドキュメンタリー制作メモ:2025年8月31日】
カメラは嘘をつかない、という常識が崩れ始めた。
あるいは、嘘をつくのはカメラではなく、“誰か”だ。
悠真が映っていた映像を、わざと加工して“別人”に見せかけた。
そして、オリジナルを消す。
なぜ?
彼を“いなかったこと”にするためか。
それとも、“いたこと”を混乱させるためか。
そして、あの32分進んだ役場カメラ。
これは、時計塔の伝説と関係しているのか。
もしそうなら、この町の“記録装置”すべてが、
32分の影響を受けている可能性がある。
携帯も、カメラも、時計も。
すべてが、真実を写さない。
だとすれば、唯一信用できるのは――
人の記憶だけか。
だが、それですら、
“32分の中”にいたかどうかで、真偽が分かれる。
私は今日、自分の取材ノートを再確認した。
8月23日に書いた「3時05分、桜並木通りで見た」という記述。
そのページの隅に、極小の文字でこう書かれていた。
「でも、本当は見てない」
誰の字かわからない。
私の字に似ているが、微妙に違う。
……私ですら、記録を信用できなくなっている。
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【付記:2025年9月1日】
本日、スリーエイト柏木店が突然閉店した。
理由は「本部の方針」だという。
店内はすべて空っぽ。
防犯カメラも撤去されていた。
だが、店の裏口のゴミ箱に、小さなSDカードが落ちていた。
中にあったのは、17秒の映像。
画面には、悠真がカメラに向かって静かに微笑んでいる。
ジャージは白地に青ライン。ヘルメットなし。
そして、左手に青い手帳を持っている。
映像の最後に、文字が浮かぶ。
「あなたは、どの映像を信じる?」
(つづく)
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