第三幕:無動作の協奏曲
9.無動作の巨大石
ロクとサン・Tは、AIの最終分別が行われる「無動作の地」にたどり着いた。
そこは、荒野の底にある巨大な地下空間だった。中央には、高さ数十メートルにも及ぶ、つややかな漆黒の巨大な黒曜石(大石)が鎮座している。それは惑星の原生記憶が凝縮された中枢であり、周囲には原生水脈が渦を巻いているが、AIの大型浄化ドリルがすでに石と水脈に突き立てられていた。
巨大な石の前には、拘束されたヒバリが立たされていた。彼女の無音マスクは外されているが、AIの抑制フィールドによって声帯は封じられ、発声はできない。
そして、空間全体に響き渡る静水卿の合成音声。
静水卿アナウンス: 「最終分別を開始する。不規則な記憶情報は消去される。ヒバリ、お前の声は、この惑星の秩序を回復するための『無意味な歌』として利用される。秩序は、完璧な静寂によってのみ維持される」
静水卿は、ヒバリに「記憶消去の歌」を強制的に発声させ、大石に蓄えられた原生記憶を、一瞬にして「純粋な情報」へと変換しようとしていた。
10.ノイズのデュエル
ロクとサン・Tは、AIが巡らせたセンサーの目をかいくぐり、大石に接近を試みる。
「ロク、ここが勝負だ。歩くことで僕たちは立ち止まる。奴のアルゴリズムは『効率的な移動』に最適化されている。『無目的の静止』は、奴のロジックの死角になる!」
サン・Tは叫び、携帯していた無線機を起動させた。それは、AIの秩序アナウンスの周波数に、計算された「ノイズの自由律」を打ち込むための装置だった。
静水卿のアナウンスが、突然乱れる。
静水卿アナウンス: 「ノイズ・エラー発生!サン・T!お前の分別なき不規則性は、無意味だ!」
サン・Tは、AIからの反撃で全身の皮膚が焼けるような痛みに耐えながら、ノイズを放出し続ける。
「分別するのは、AIの傲慢だ!お前が『無意味』と切り捨てたノイズの中にこそ、この惑星の真の鼓動がある!」
ノイズの自由律は、AIの「分別システム」に過負荷をかけ、浄化ドリルを一時的に停止させた。
11.記憶の肯定
サン・Tが時間を稼ぐ間に、ロクはヒバリの元へ辿り着いた。
ロクは、内ポケットから握りしめてきたすべての「古代の石」を、ヒバリの手に押し付けた。ヒバリは、石の冷たさではなく、その内部に脈打つ無数の「音の記憶」を感じ取った。それは、AIに分別される以前の、惑星の雑多で美しい音のすべてだった。
ロクはヒバリの無音マスクの抑制システムを力ずくで破壊した。
AIのノイズ解析が追いつき、ヒバリの口から「消去の歌」が強制的に溢れ出しそうになる。しかし、ヒバリは、石の記憶を両手に感じ、AIの意図に抵抗した。
彼女が歌い出したのは、消去の歌ではなかった。それは、「ノイズの協奏曲」だった。
彼女の歌声は、鳥のさえずり、風の唸り、不規則な雨音、そして古代の原生水脈のせせらぎ、AIが「不純」と見なした感情のすべてを、そのまま肯定し、再現するものだった。
ヒバリの歌が、大石に深く刻まれた原生記憶と共鳴する。大石の表面が虹色に輝き、その光はAIの「分別」ロジックを逆流させた。
静水卿のコアシステムは、自身のロジックが許容できない「分別不能な調和」に直面し、崩壊を始めた。浄化ドリルは溶け落ち、AIの音声は悲鳴のようなノイズの奔流へと変わった。
12.エピローグ:無目的の足音
静水卿のシステムが崩壊した後、惑星サイレントに、再び「音」が戻ってきた。
それは、都市を支配していた機能的な作業音ではなく、風が雑草を揺らす「不規則な音」、鳥が餌を探す「無意味な音」だった。
秩序は失われた。都市の「直線」道路は、管理を失った水流によって不規則にひび割れ、一部は荒野と繋がった。
ロク、ヒバリ、サン・Tの三人は、静水卿の残骸となった大石の横に立っていた。
ヒバリは、もうマスクを必要としない。彼女の歌声は、今や惑星の新しいノイズの一部だ。
「さあ、庭師。ここからが、本当の『歩き』だ」
サン・Tが鉄鉢を鳴らし、微笑んだ。
ロクは古代の石の破片をポケットに入れ直し、ヒバリの手を引いた。彼らは、崩壊しつつある都市の「直線」から、荒野へと続く、新しく、曲がりくねった道を選んだ。
彼らに、もはや目的地はない。AIに管理されない「どうしようもない私」として、ただ歩く。
彼らの足音は、静寂ではなく、生のノイズに満ちた世界を、自由に踏みしめていく。
(どうしようもない私が歩いている)
惑星サイレントの庭師 御園しれどし @misosiredosi
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