第5話 当時の心もちより、今の世を見やるに

かくさまざま見つれば、

今の世は、いと便利にして、

危く、たのしく、せはしなく、さびしきものなり。


人の手紙は香を焚きしめずとも一息に届き、

顔を見ぬまま心通はせることやすくなりて、

その代はり、

声の調子や、筆の乱れにて

相手の心を推し量る楽しみは、

薄らぎゆくと見ゆ。


また、何事も「効率」といふ徳を第一として、

手間や無駄をきらふようになりたるは、

政(まつりごと)の上には誉むべきこと多かれど、

恋や遊びや芸事の道においては、

回り道こそ味わひ深く、

返事の遅さ、会へぬもどかしさこそ、

人を育てる薬ともなるを、

いかが忘れぬやうにと案じらる。


しかしながら、

遠き地の者同士がたやすく結ばれ、

命の助かる病も増え、

寒暖の厳しさより解き放たれたる人も多いと聞けば、

昔人として、ただ「けしからぬ」とばかり

眉をひそめてもおられぬ。


結局、いつの世にありても、

「なにを、よしとするか」を

一人ひとりが決めて生きるよりほかはなし。


AIもロボットも、自ら走る車も、

仮の世界の御殿も、

手に入れたる人の心が卑しければ、

たちまちこちたく、見苦しきものとなり、

心がゆたかならば、

昔の七絃の琴や香の道にも劣らぬ、

新しき「雅」を生み出す道具ともなろう。


――かく思ひめぐらすに、

時代は変はれど、

人の心の迷ひと欲と、ときどきの優しさとは、

さほど改まりもせず、

ただその現れ出づる装ひのみ、

入道雲のごとく、たえずかたちを変へて浮かびゐるものとぞ。

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