第7話 ややこしい事態

「私はミラです」


 ミラが手を挙げて名乗る。ラルタは少し困ったように首を傾げ、そしてサロに説明を促すような視線を送った。


「……アパルトメントの隣にある空家で見つけたんだよ」

「何でそんなところに」

「逃げる途中で入ったんだ。今更住居不法侵入とか言うなよ?」

「言わないけど、空家でこの子は何をしてたんだ?」

「何も。奥にある部屋に変な錠前がかかってて、それを開錠したら中にいたんだ」

「監禁されてたのか、もしかして」


 ラルタが驚いた顔をして言うのに対してサロを否定を返した。


「安心しろ。犯罪的な要素はない、多分。こいつは人間じゃないんだ」

「人間じゃないってどういう意味だよ」

「そのままだよ。ミラ、手袋とって見せてやれ」


 ミラが右手の手袋を外す。露わになった関節部を見て、ラルタが目を丸くして一歩退いた。


「その手……?」

「人形だよ。俺が錠前外して中に入ったら、椅子に座ってたんだ。で、どういうわけだか錠前を外した俺を主人だと思い込んでる」

「そういう決まりなのです」

「置いていくのもちょっと気が引けたから連れてきたんだ。そんでそのあとにラルタに会ったわけ」

「いやいやいや、ちょっと待ってよ」


 片手で頭を抱えたラルタはもう片方の手の平をサロに向ける。


「なんか事態がものすごくややこしくなってる気がするんだけど。せめて一人で逃げてくれない?」

「俺だってそのつもりだったけどさ」


 助けて貰ったから、とは言わなかった。そこまで説明すると更にラルタを混乱させかねない。真面目な幼なじみは何でも深く考え込む癖がある。サロほど割り切った思考をしていない。


「まぁどこかに安全な場所でも見つかれば隠れておいてもらおうかとは思ってる。俺の言うことは聞くみたいだし」

「人形連れて逃げ回るわけにもいかないしね……。というかこれからどうするつもりなんだ、サロ。まさか治安局相手に逃げ回るつもりじゃないだろ」

「そこまで馬鹿じゃない。でもどうして俺が異端扱いされているのか、せめて知っておきたいんだ。それがわかれば少しは安心して捕まることが出来る」

「知っておきたいって言ってもどうやって……」


 疑問を口にしかけたラルタだったが、サロの視線が自身に向いていることに気がつくと若干顔色を白くした。


「ねぇ、まさか」

「親友のラルタ君にお願いがあるんだけど」

「いやいや、待ってよ」

「なんで俺が急に異端扱いされたのか、調べてきて欲しいんだよね」

「あー、言うと思った! 言わないで欲しかった!」


 ラルタは嘆きながら地団駄を踏む。子供が暴れるようなものではなく、憤りを込めて何度か地面を踏みしめるだけのものだったが、ラルタの内面の感情はしっかりと表現出来ていた。


「治安局だろ? 命令書とかそういうの見れないのか?」

「僕は下っ端も下っ端、命令書なんか今まで一度も見たことないよ」

「でもどこにあるかは大体わかるんじゃないのか?」

「そりゃまぁ見当はつくけど、もしバレたら今度は僕の身が危ないだろ」

「そこはほら、お得意の空間遮断で」


 サロは口元に笑みを浮かべて言うが、ラルタはそれにつられることなく堅い表情で首を左右に振る。


「絶対無理! そもそもさっきも言ったとおり、僕の任務はサロの保護じゃないし!」

「だからこそだろ。皆の意識が俺に向いている間なら、任務外のラルタがこっそり命令書や指示書を漁る隙が生まれる」

「簡単に言わないでよ。治安局がそんなずさんな管理しているわけないでしょ」

「じゃあ俺に黙って捕まれって言うわけ?」


 唇を尖らせるようにして言えば、ラルタは眉を寄せて言葉を飲み込んだ。


「何かの誤解ってこともあるだろ。現に俺は何も悪いこともしてないし、ガキの頃にこの能力が開花してから異端扱いを受けたことないんだぜ? 誰かと間違えているって可能性はないのか?」

「だったら流石にレネー調査官が何か言うと思うよ」

「そりゃそうか。勘違いで身内から異端を出したくはないだろうからな。ということは俺が異端扱いされる要因みたいなものがある筈だ。それを知りたい」

「知ったとしてどうするの?」

「何も知らずに捕まって何もわからずに異端審査に掛けられるよりは心の余裕が出来る。母さん流に言うなら「常に心に武器と防具を」ってやつだな」


 冗談交じりにサロは言いつつ、ラルタの反応を伺う。ラルタは悩むように眉を寄せて顎に手を添え、その場で足踏みをしていた。何か呟いているようだが声になっていないため聞こえない。やがて足踏みをやめると、特大級の溜息をついて視線を足元に落とした。そして今度は息を吸いながら顔を上げる。


「本当は任務外だとしても、サロを見つけた以上は捕まえないといけないんだよ」

「まぁそうだろうな」

「でも僕だってサロが異端扱いを受ける理由がわからないし、友達を捕まえて監査局に連れていきたくなんかない。だから……僕が納得するために出来る限り調べてみる。それならいいでしょ?」


 そこがラルタの落としどころのようだった。流石にサロの言葉にそのまま乗ることは自尊心が許さなかったに違いない。サロとしては別にどちらでも困らなかった。大事なのは協力者が出来たという一点にある。


「ありがと。持つべき者は親友だな」

「思ってもないこと言わなくて良いよ。……でもすぐにわかるとは思えないから、暫く時間が欲しい」

「そりゃそうだな。じゃあその間どうすればいい? どこか良い場所知ってるか?」


 問いかけに対してラルタは数秒だけ黙り込んでから、渋々といった表情で口を開いた。

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