第4話 鍵屋と人形

「我が主、ご命令を」

「いや、別に俺はあんたの主じゃないし。というか、人形がなんで動いて喋るんだよ!」


 どうにかそう叫んだサロだったが、当然のことながらそれに答える者はいなかった。代わりに人形が首を大きく横に、もはや真横になる勢いで傾ける。


「人形は喋らないものとして定義されているのでしょうか」

「知らないけど、多分そういうもんだよ」

「しかし私は動きますし喋ります。そして貴方が私を起こした以上、貴方が私の主であることに相違はないのです」


 声の可憐さと単調な喋り方のせいで、サロは相手の言っていることが理解出来なかった。家に戻ってからというものの、一寸たりとも気が抜けない瞬間が続いたせいでもあるのかもしれない。それまで忘れていた疲労感が急に体を襲ってくるのを感じた。


「我が主、どうしました?」

「だから、なんだよその呼び方は」

「貴方が私を解放したので、当然のことです」

「解放?」


 その言葉の意味を考えたサロは、すぐに先ほどの謎の錠前のことを思い出した。もしかしてあの錠前を開けることが人形を動かすきっかけだったのかもしれない。そうだとしても色々な謎は尽きないが、わかっているのは人形が動いていること、何故だか自分を主と呼んでくるということだった。

 サロは何度か溜息をついて、意味を成さないうめき声を上げた。ついでとばかりに髪を両手で掻き回す。だがどの行動もサロに答えを与えてはくれなかった。


「俺の名前はサロだ。サロ・レネー。せめてその変な呼び方は止めろ」

「わかりました、サロ」


 美しい人形が自分の名前を呼んでくる。高熱の時に見る夢にありそうだ、とサロはそんなことを考えた。


「サロ、何かいたしましょうか。手始めに疲労のご様子なので脳か肩でもお揉みしましょうか」

「別に何もしなくていい。寧ろお前をもう一度元に戻す方法を教えてくれ。こっちは治安局から逃げ出すので精一杯なんだから」

「逃げていらっしゃるのですか? 何か悪い出来事を?」

「違う」


 サロは不機嫌に吐き捨てた。


「急に銃を向けられて、問答無用で一緒に来いって言われたんだよ。思いっきり異端扱いだ。俺は鍵開けの能力を悪いことに使ったことなんか一度もないってのに、人を犯罪者みたいに」

「まぁ、それが真実なら痛ましいことです」


 人形だからなのか、ミラの言葉遣いは所々おかしかった。しかしサロは自分の現状を愚痴れることに一種の安心感を覚えていたため、そのあたりは気に留めなかった。


「どういうことか全然わからねぇ。というか俺が仮に能力を使って泥棒をしたとしても、もう少し穏便に事を進められる筈なんだ。あれじゃまるで俺が、直接誰かに危害を加えたみたいじゃねぇか」

「されていないのですね」

「するわけないだろ」

「でしたらそのように言えばよろしいのでは」


 神経が逆立っている状態のサロはその言葉に一瞬激昂しかけたが、相手が人間でないことを思い出すと首を左右に振って怒りを散らす。


「治安局に連れて行かれると、異端審査にかけられる。その結果「保護」されるって話だけど、保護された人間は二度と戻ってこない。これがどういう意味かわかるか?」

「戻ってこないということは理解します」

「監査局が管理する監獄の中に入れられて二度と出てこれないか、あるいはそこで殺されるってことだ。政治犯や大量殺人犯と同じようにな」


 世界樹の種子の管理や、個人の能力の調査、能力による犯罪の抑制。それらを司るのが政府直属の能力統制庁であり、その下にはいくつかの局が置かれている。治安局は犯罪の予防やその取締、監査局は能力の調査を行う。異端とされる人間が現れた場合、まずは監査局が調査して治安局に保護命令を出す。そして治安局が保護した人間を監査局が更に調査する。「権力の分散と循環」と呼ばれるその仕組みは他の庁などでも見られるものだった。


「ではサロはこれからどうするおつもりですか? 逃げ回るにしても限界があるのでは?」

「まぁな。この街から出たら一瞬で死ぬし、かといって狭い街だ。ずっと逃げててもいつかは捕まる。でも捕まる前に、どうして俺が異端扱いされているかぐらいは確かめたい」

「なぜですか?」

「訳もわからないまま捕まって、意味もわからないまま異端審査にかけられるよりは、せめて抵抗したいだろ」


 ミラは不思議そうに首を傾げている。人形には人間の、そういう「足掻き」が理解出来ないのだろう。


「調べるのには少しアテがある。それにあいつら、銃は向けてきたけど、俺を直接殺したりはしないはずだ」

「その二つの言葉の根拠は?」

「気になるのか? 根拠というほどのものじゃないけどな、実は……」


 その時だった。一階から形容しがたい不快な音が家中に響き渡った。反射的に耳を塞いで辺りを見回したサロとは対象的に、ミラは階下のほうに耳を澄ますような仕草をする。


「来客のようです」

「来客?」


 よく聞くとその不快な音には鈴の音が混じっていた。玄関に取り付けられた呼び鈴が錆び付いてしまっているのだろう。


「誰かいますか! 治安局の者です!」


 金属を無理矢理引き裂くような音の向こう側で男の怒鳴る声がする。サロは身を固くして、あまり意味もないのに息を飲み込んだ。


「来客は迎えるべきでしょうか」

「あれは俺を探してる奴らだ。招き入れたら捕まるに決まってる」

「ではどうしましょうか」

「逃げるに決まってんだろ」

「私はどうすれば」

「お前は関係ないんだから、此処に残ってればいいだろ」


 そう言ったサロだったが、ふと思いとどまる。此処から逃げたあとに治安局がこの人形を見つけたらどうするだろうか、と。動いて喋る人形なんて代物を彼らが見逃すはずもない。サロと関係があると見なされ、最悪壊されてしまう可能性もある。

 人形そのものに対して特に思い入れなどがあるわけではないが、サロはそこまで物事を割り切れるほど大人でもなく、あっさり忘れられるほど子供でもなかった。


「サロは此処から逃げたいのですか?」

「そうだよ。でもお前を残していくと面倒なことになりそうだ」

「でしたら、下の方には帰って頂きましょう」

 ミラは当然のようにそう言ったと思うと、近くの棚の中に畳まれて置いてあったテーブルクロスを手に取り、大きくその場に広げた。埃が散り、色あせた花柄が踊るように揺れる。ミラはテーブルクロスを肩からかけて、まるでストールのようにすると、そのまま階段へと向かっていった。


「何を?」

「隠れていて下さい」


 テーブルクロスで腕と手を隠した姿は人間のように見えた。階段を下りながら、ミラはドアの向こうへ返事をする。


「今開けます。そう叩かないでください」

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