第2話 フロントガラスは割れるもの

 ──走り出した瞬間、俺は人生で初めて「車に祈った」。


 アメ車特有のドロドロしたエンジンの唸りが車内を震わせ、その鼓動が尻の下から背骨の奥まで突き抜けてくる。

 シートに押しつけられた身体が、まるでコースターに乗せられたみたいに固定されて、逃げ場もなければ覚悟を決める暇もない。


 前方の大通りは車で溢れかえっている──が、マーカスは気にしない。

 いや、気にしてほしい!!


「どけぇぇぇっ!!」


 お前の声で車どかないだろ!!

 思ったけど言う間もなく、マーカスは車を左右に振って前の車を縫うように走り抜ける。


 後ろを見ると──追っ手の車。

 さらにその後ろにもう一台。え、増殖したの?


「ぎゃぁぁあああ!!? まだくるの!?」


「いいから、頭下げてろ!」


 リチャードが振り返り、俺の頭を押さえつけながら後ろを見る。

 その瞬間──


 バララララ!!


 激しい破裂音の連続の後、銃弾が車体後部の窓ガラスを粉砕し、その勢いのままフロントガラスにもひびが入るのが見える。


「うわああああああ!!?」


 砕けたガラスの破片が雨みたいに降り注ぐ。

 リチャードは一瞬頭を引っ込め、ちらりと前を向く。フロントの視界がひび割れによって損なわれたことを確認すると、フロントガラスを──


 バンッ! バンッ!


 拳銃のグリップで容赦なく叩き割り始めた。


「良し、視界確保だ」


 にやりと笑いあう、マーカスとリチャード。


「やり方ワイルドすぎんだろ!!?」


 外気がビュウウと流れ込み、俺の顔に直接ぶつかってくる。

 死ぬ気でしがみついてると、マーカスが叫んだ。


「来るぞ!」


「来るって何が──うわっ!!?」


 気が付けば、いつの間にやら横から黒い車が並走してきた。

 助手席の男がドアをつかんで乗り込もうとしてくる。


「やばいやばいやばいやばい!!」


 と叫んだ次の瞬間、リチャードが無言で自分のドアを──


 バァンッ!!


 勢いよく開けた。


 横の車の男は「ぎゃふっ!」と妙な声を上げて吹き飛び、車ごとバランスを崩して壁に激突する。

 リチャードは平然とした顔をしながらドアを閉める。


 なんで撃ってこないで、乗り込もうとしてくるんだろ?

 どうでも良いような感想が頭をよぎるが、それどころではない。


「まだだ!」


 マーカスが叫ぶ。

 後方、大分さっぱりした後ろのガラス越しに見ると、迫る車列が増えている。


「どっから湧いてきてんだよ! 仕事しろ! 警察!」


「黙って口を閉じろ! 舌噛むぞ!」


 叫びながらマーカスがハンドルを右へ強く切り、体が強烈な横Gを感じる。

 吹き飛ばされないようにしがみつく。


 キィィィィィッ!!


 スキール音を響かせながら目を白黒させていると、景色の流れが逆向きになっていることに気が付いた。

 

 180度ターン!?


「馬鹿なの!? いやよくあるけども!」


「落ち着け。これでよく狙える」


 マーカスがハンドルを片手に、いつの間にか取り出したバカでかい拳銃を構えてにやりと笑う。


 バック走行のまま、こちらに迫る追手の車と真正面から向き合う形に。

 まるで正面衝突寸前のチキンレース。


 リチャードも、拳銃を構えた。


 撃つ気満々だぁぁぁ!!


 パン! パンパンッ!!


 マーカスとリチャード、二人の銃から弾丸が飛ぶ。

 追ってきた車のフロントに銃弾が食い込み、ラジエーターから白煙が吹き上がった。

 一瞬、立て直そうと運転手がハンドルを切るが、うまくいかず、そのまま車は蛇行し、路肩のポールに突っ込み炎を上げる。


 ……そんなに簡単に車って壊れるもんなの?


 またしても疑問が湧くが、展開は待ってくれない。

 今度は車の天井にドスンッ!!と衝撃。


「なに!? 何か乗った!?」


「屋根だ!」


「屋根って何!? 人!? 人が屋根に乗るなぁぁぁ!!」


 動揺する俺をよそに、リチャードは何食わぬ顔で銃口を上へ向けた。


 ドンッ!!


 反動を残して銃声が響く。

 さっきからバンバンバンバン、近距離で発砲されて耳が痛い。

 しかめっ面の俺をよそに、屋根にしがみついていた黒スーツが吹き飛び、車体後方へと転がっていった。


 マーカスは爽快そうにハンドルを捌き、車は再び前を向く。

 幾分か慣れた車の挙動に、それでもシートにしがみつきながら耐えると、目の前には交差点。

 

 信号が赤に切り替わる瞬間、マーカスが思い切りアクセルを踏み切り加速する。

 切り替わりの直後に俺たちの乗る車は交差点を突っ切るが、直後、なぜか追ってくる車を遮るように車列が進んで通せんぼする。


「イヤッホウ!!!」


 はしゃぐマーカスとニヒルに笑うリチャード。

 いやいや、なんで追って連中もそんなあっさり諦めるんだよ。いや、別に自分的には助かるんでいいんだけども。


 気が付けば、膝が震え、手汗がびっしょり。

 そんな俺とは裏腹に、マーカスは爽快そうにハンドルを捌き、走らせていく。


 車は橋を渡り、倉庫街へと滑りこむ。






「よし……撒けたな」


 なぜか開いている倉庫の一つに入り、車が停止すると、リチャードがようやく振り返って笑った。


「……は……はぁ……死ぬかと思った……」


 前の二人はお互い目線を交わし、にやりと笑いグータッチ。

 俺は座席で脱力しながらも、どうにか口を開く。


「で……あの……そろそろ、俺、帰っていいですか……?」


「自己紹介がまだだったな」


 俺の言い分をしれッと無視しながら、リチャードはトランクから分厚い書類の束を取り出した。


「俺はリチャード、そしてコッチの暑苦しいのがマーカスだ。とある組織に属している。そして、これが、お前さんのところに来ただ」


「……理由?」


 彼が差し出した書類を受け取り、頭に疑問符を浮かべながらソレを見る。

 表紙には俺の顔写真が貼ってある。よくあるなぜか白黒の証明写真みたいなヤツ。

 その横にはご丁寧に、漢字とローマ字で名前が。山下祐樹やましたゆうき。確かに俺の顔と名前だ。

 こんなもん撮った覚えないんですけどねぇ?


 その上に──赤字で大きくハンコ。


 『TOP SECRET』


 ……いやいやいや、待て。


「……え、これ……なんで……?」


 ペラ……ペラ……と捲るけど、全部英語。

 しかも専門用語だらけで、脳が理解を拒む。


「え、これなんです!? 俺マジで関係ないんですけど!? 帰して!?」


「帰すわけにはいかない」


 リチャードが静かに言う。

 なんでや。


 マーカスが続ける。


「お前は今、とある組織から狙われている。

 だから俺たちはアメリカからお前を守るために派遣されたってわけだ」


 ムキムキの腕を組ながら、いかにもな顔でこちらを見てくる。


「いや理由!! 理由は!? なんで俺!!?」


「それは知らん。俺たちも“守れ”としか言われてない」


「怖すぎんだろその命令系統!! よくあんたらもそんなフワッとした命令で動いてんな!?」


 噛み合わない会話をしていると──突然、倉庫入口から明るい声。


「──はーい、いたいた」


「誰だ!」


 リチャードが問いただすのと同時、俺たちの視線が声の方へと向く。


 逆光から現れたのは、一人の金髪美女だった。


 すらりとした脚。無駄のないくびれ。

 長い金髪を後ろでまとめ、サングラスを頭に乗せたままのクール系美女。


 シャツの胸元が少し開いていて、健康的な肌が覗く。

 佇むだけでここが日本だということを思わず忘れてしまう。


「……アマンダか」


 リチャードが安堵した声で呟く。


「そ。あんまり遅いから迎えに来たの」


 ちゃり、と右手に持ったキーをこちらに見せながら笑う。

 それだけで絵になっている。


 軽い。声が軽い。性格も軽そう。

 もちろん俺は知らない人だ。


 アマンダは俺を見ると軽く笑った。


「あなたが“ターゲット”の彼? はじめまして」


「ぇ……あ、ども……」


 思わず会釈してしまう。

 胸を見ているのがバレないように視線を逸らすのがポイントだ。

 大体そういうのってバレてるっていうけども。


「移動するわよ。ここも、すぐ嗅ぎつけられるわ」


 ニコっと笑いかけてくれつつ、キリッとした表情にすぐ切り替わると、俺たちに声をかける。

 促されるまま、アマンダの乗ってきたであろう車へ向かう。

 いや、逃げようとしても無駄だと思うし……。


 高級そうな黒のSUV。

 アマンダが投げたキーをマーカスが受け取り、彼はそのまま運転席へ。

 どうやらこのメンツだと彼が運転を請け負うことになっているようだ。


 リチャードはまたしても助手席へ。そして俺とアマンダが後部座席へと自然に配置が決まる。

 ドアを開けると、中の革の匂いがふわっと鼻をくすぐる。新車の匂いだなぁ。


 乗り込み、シートベルトを締める。さっきはそんなのつける暇なかったからね!

 俺に続いて乗り込んできたアマンダからふわっといい香りが漂う。

 ううむ、目と鼻に毒だなぁ。


 エンジンが静かに唸り、車は倉庫街を抜けて走り出す。

 先ほどまでドンパチしていたと思えないほど、普段通り。

 警察車両の音や、報道ヘリなんかの音も聞こえてこない。

 普通あれだけの騒ぎがあれば大ニュースになってるハズなのに。


 疑問はあれど、どうしようもない。そのまま車は順調に進み、街の中心へと向かう。




 そしてあれよあれよという間に辿り着いたのは──


 とある高級ホテルの最上階。

 スイートルームの重厚な扉の前。


 リチャードがドアを開けた。


「ようこそ。ここが俺たちの仮住まいだ」


 煌びやかな照明が照らす中、俺は相変わらず現実が認識できずにぼうっとしてその景色を見ていた。


 俺の非日常は、まだまだ始まったばかりらしい。

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映画あるあるに巻き込まれ続ける俺は、絶対に主人公じゃない 鳥獣跋扈 @tyoujyuubakko

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