第6話:見えざる毒

 第二王子アルフォンスの死は、王城内に決定的な恐怖を植え付けた。彼の死因は毒殺であるとすぐに断定されたが、その毒が問題だった。宮廷魔術師エリザールをはじめとする城の魔術師たちが総出で鑑定にあたったが、誰もその正体を特定することができなかったのだ。


「これまでに確認された、いかなる毒物の反応とも違う。まるで、この世に存在しない毒のようだ」


 エリザールはお手上げだというように首を振った。これにより、「呪いによる毒」という噂はますます真実味を帯び、人々の心を支配していった。

 優馬は、魔術師たちの鑑定結果報告を聞きながら、自室で思考を巡らせていた。


「この世に存在しない毒、か……。そんなものがあるもんか」


 科学的に考えれば、毒とは特定の化学物質が生物の生命活動を阻害する現象に過ぎない。未知の毒だとしても、必ずその成分や作用機序があるはずだ。

 優馬はリリアナに頼み、王城の図書室と薬品庫を自由に使う許可を得た。彼は前世で、趣味として化学の知識を深く学んでいた。その知識が、この異世界で役に立つかもしれない。


「ユウマ、本当にあなたに分かるのですか? 城一番の魔術師たちにも分からなかったのですよ」


 不安そうなリリアナに、優馬は自信を持って答えた。


「アプローチが違うだけです。彼らは魔法というフィルターを通して毒を見ている。俺は、化学……物質の成り立ちそのものからアプローチしてみる。必要なのは、この世界の植物や鉱物に関する知識です。リリアナ様、手伝っていただけますか?」


「ええ、もちろんです」


 リリアナは力強く頷いた。

 そこから、二人の奇妙な共同作業が始まった。優馬は、アルフォンスが飲んだ水の残りと、ゴブレットの破片に残っていた付着物を分析し始めた。蒸留、濾過、沈殿、そして炎色反応。優馬は前世の高校の化学実験レベルの知識と、あり合わせの道具を駆使して、毒の成分を少しずつ分離していく。

 リリアナは、優馬が分離した物質の特徴を伝え聞き、図書室の膨大な文献の中から、該当する可能性のある植物や鉱物を探し出す役目を担った。


「この液体、特定の光を当てると青白く光る性質があるようです」


「青白く……待って、月の光を浴びると燐光を発する『月光草』という植物の汁液に、そのような記述があります」


「この結晶は、燃やすと鮮やかな緑色の炎を上げた」


「緑色の炎……それは『竜涙石』という鉱物を焼いた時の特徴と一致します!」


 二人は、パズルのピースを一つ一つはめていくように、毒の正体に迫っていった。

 そして数日が経った頃、ついにその正体が判明する。毒は、単一の物質ではなかった。それ自体は無毒である複数の植物や鉱物を、特定の比率と手順で調合することによって初めて生成される、複合的な毒だったのだ。しかも、そのうちの一つの材料は、非常に特殊な条件下でしか毒性を持たない、極めて珍しい植物だった。


「どうりで、誰も鑑定できなかったわけだ。一つ一つの成分は、ありふれたものや無害なものばかりなんだから」


 優馬は結論をリリアナに告げた。


「犯人は、高度な薬学、あるいは錬金術の知識を持っている。そして、この王城の薬品庫や植物園にあるものを熟知している人物だ」


 これは大きな前進だった。犯人像が、かなり具体的に絞られてきた。

 そして、調査の過程で、リリアナは一冊の非常に古い文献を図書室の奥深くで発見していた。それは羊皮紙に書かれた、王家の極秘の歴史書だった。


「ユウマ、これを見てください……」


 リリアナが指し示したページには、血塗られた王家の歴史と、これまで語られてこなかった「呪い」の正体に関する衝撃的な記述が残されていた。その文献を読み進める優馬の顔から、みるみる険しさが深まっていく。事件は、彼が考えていた以上に根深い因縁に繋がっていることを、彼はこの時、まだ知る由もなかった。

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