第4話:王城の容疑者たち

 エクリア王国の正式な賓客という、思いがけない身分を得た優馬は、王城内に一室を与えられた。これにより、彼の調査は格段にやりやすくなった。彼はまず、王位継承権を持つ者たち、つまり、今回の事件で最も動機を持つであろう人物たちから話を聞くことにした。


 最初に訪れたのは、第二王子であるアルフォンスの部屋だった。彼は亡くなった国王と後妻の間に生まれた子で、リリアナとは腹違いの弟にあたる。


「君が、姉上が信頼しているという異邦人か」


 アルフォンスは、優馬を見るなり値踏みするような視線を向けた。派手な装飾の施された服を身に纏い、その表情には野心が隠しきれずに滲み出ている。


「父上の死は悲しいことだ。だが、これもまた運命。次は私がこの国を導いていかねばなるまい」


 悲劇を嘆く言葉とは裏腹に、その口調はどこか嬉しそうにも聞こえた。典型的な野心家。国王が邪魔だったという動機は十分すぎるほどだ。


「事件があった夜、王子はどちらにおられましたか?」


「自室で読書をしていたよ。侍女も見ていたはずだ。私を疑うのかね? 不愉快だな」


 アルフォンスは不機嫌そうに鼻を鳴らした。分かりやすい人物だが、それだけに、何か裏があるようにも思える。


 次に優馬が向かったのは、宰相オルテガの執務室だった。彼は先王の代から王国に仕える老臣で、常に穏やかな笑みを浮かべている。


「これはユウマ殿。あなたの推理、実に鮮やかでしたな。我々では思いもよらぬ視点です」


 オルテガは優馬を丁重に迎え入れた。しかし、その柔和な表情の裏に、計算高い瞳が光っているのを優馬は見逃さなかった。


「宰相閣下は、国王陛下とは長年のお付き合いだったとか」


「ええ、それはもう。陛下がまだ王子だった頃からお仕えしております。今回のことは、本当に残念で……」


 オルテガは悲しそうに目を伏せた。だが、優馬は会話の中で、彼が時折、亡くなった国王を批判するようなニュアンスの言葉を混ぜることに気づいた。どうやら、国王の最近の政策には不満を抱いていたようだ。特に、近隣諸国との融和政策については、意見が対立していたらしい。温厚な仮面の下に、熱い野心や政治的な対立が隠されているのかもしれない。


 最後に会ったのは、宮廷魔術師の長であるエリザールだった。彼は王城の塔の最上階にある研究室に引きこもりがちで、あまり人前に姿を現さないという。


 薄暗い研究室には、怪しげな薬品の匂いが立ち込めていた。エリザールは年の頃はまだ若く見えるが、その目には年齢不相応の深い知識と、何かを諦めたような影が宿っていた。


「……密室のトリック、面白いことを考えるものだ。だが、この世界には、君の言う『論理』だけでは説明がつかないこともある」


 エリザールは、意味深な言葉を口にした。彼は、魔法という超常的な力に最も精通している人物だ。もし、今回の事件に魔法が使われているとしたら、彼が最も怪しい。


「あなたは、何か知っているのですか?」


 優馬が問い詰めると、エリザールはふっと笑みを漏らした。


「さあ、どうかな。ただ、国王陛下は少々知りすぎてしまったのかもしれない。この王家に伝わる、本当の『呪い』について……」


 そう言って、エリザールはそれ以上口を開こうとはしなかった。


 アルフォンス王子、オルテガ宰相、エリザール宮廷魔術師。誰もが怪しく、それぞれに動機があるように思える。彼らとの会話を通じて、優馬は亡くなった国王が、決して全ての人間から慕われていたわけではなかったことを知った。野心、政治的対立、そして王家に隠された秘密。事件の根は、優馬が想像していたよりもずっと深く、暗い場所にまで伸びているようだった。


 容疑者たちとの接触は、新たな謎を生むばかりだった。しかし、優馬は確信していた。彼らの言葉の中に、嘘と真実が混ざり合っている。そして、その嘘の中にこそ、犯人へと繋がる道が隠されているはずだと。

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