第3話:チート推理の片鱗
「つまり、犯人は壁でも通り抜けたとでも言うのかね?」
翌日の捜査会議。アーロイ騎士団長は、苛立ちを隠せない様子で腕を組み、優馬を睨みつけた。玉座の間に集められたのは、リリアナ王女、宰相をはじめとする王国の重臣たち。誰もが、素性の知れない若者の言葉に半信半疑の目を向けていた。
「壁を通り抜ける必要はありません。犯人は、ごく当たり前にドアから入り、そしてドアから出て行った。そう考えられます」
優馬は臆することなく、一同を見回して言った。
「馬鹿なことを! ドアには内側から閂が掛けられていたのだぞ!」
「ええ。ですが、もし『後から』閂を掛ける方法があったとしたら?」
優馬の言葉に、場がざわめく。「後からとはどういう意味だ」「不可能だ」という声が上がる。
優馬は構わず続けた。
「昨日、現場を詳しく調べさせていただきました。そして、いくつか奇妙な点を見つけました。まず、ドアの閂。あれは木製でしたが、表面にほんの僅かですが、濡れたような染みがあった。そして、ドアの下の隙間から、ごく微量の白い粉末が検出されたんです」
彼は懐から小さな紙包みを取り出し、中の白い粉を皆に見せた。
「これは?」
リリアナが尋ねる。
「おそらく、塩の一種です。この世界にもありますよね? 水をかけると溶け、水分が蒸発すると再び結晶化する性質を持つ塩が」
優馬の言葉に、宮廷に仕える魔術師が小さく頷いた。
「なるほど、凍結魔法の触媒に使う岩塩がそれに近い性質を持つな。だが、それが何だというのだ?」
優馬は、ここからが本番だとばかりに、声を一段上げた。
「犯人はこう考えたのではないでしょうか。まず、国王を殺害した後、部屋を出てドアを閉める。そして、ドアの下の隙間から細い糸か何かを通す。その糸は、あらかじめ閂に開けておいた小さな穴に通し、反対側には水に溶けやすい素材で作った『重り』を結びつけておく。あとは、糸を引っ張って閂を所定の位置まで動かし、固定するだけです」
「待て、固定はどうやる。糸を離せば閂は落ちてしまうではないか」
アーロイが鋭く突っ込む。
「そこで、先ほどの塩と水の出番です。糸を引っ張って閂を掛けた状態で、ドアの隙間から、濃い塩水を染み込ませた別の糸を閂と受け具の間に滑り込ませる。時間が経ち、水分が蒸発すれば、塩が結晶化して接着剤の役割を果たし、閂は固定される。あとは最初に使った糸をそっと引き抜けば、内側から閂が掛かった密室の完成です」
「……!」
そのあまりにも突飛で、しかし妙に説得力のある説明に、一同は言葉を失った。魔法という便利な言葉に思考を停止させていた彼らにとって、それはまさに青天の霹靂だった。
「では、閂の染みはその塩水の名残だと? 床の砂は?」
リリアナが、興奮を隠せない様子で質問する。
「砂ではありません。あれは、乾燥剤です。おそらく、塩水が結晶化するまでの時間を短縮するために使われたのでしょう。そして、事が終わった後に同じく糸などを使って回収した。しかし、完全には回収しきれず、一部が床に残ってしまった」
優馬は、自分のいた世界で読んだ推理小説のトリックを、この世界の物質に当てはめて再構築したのだ。
彼の説明は、この世界の常識しか知らない者たちには、まるで魔法の呪文のように聞こえた。だが、それはどこまでも論理に基づいた、緻密な推理だった。
「そんな……そんなことが、本当に可能なのか?」
宰相が、震える声でつぶやく。
「可能性の話です。ですが、呪いや亡霊の仕業だと考えるより、よほど現実的だとは思いませんか?」
優馬は静かにそう言った。
彼の推理は、まるで未来から来た人間が答えを知っているかのように的確だった。これが、後に「チート推理」と呼ばれることになる、彼の能力の片鱗が初めて示された瞬間だった。
リリアナは、目の前の青年の中に、計り知れない可能性を感じていた。この男なら、本当に父の死の真相を、そしてこの国を覆う闇を晴らしてくれるかもしれない。
「ユウマ。引き続き、調査をお願いします。あなたを、エクリア王国の正式な賓客として迎え入れましょう。王城のどこへでも、自由に出入りすることを許可します」
「ありがとうございます、リリアナ様」
優馬は静かに頭を下げた。アーロイはまだ納得できないという顔で彼を睨んでいたが、もはや反論の言葉はなかった。
優馬の推理は、一石を投じた。それは、凝り固まった人々の常識を揺るがし、事件の真相へと続く、確かな波紋を描き始めていた。
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