第2話:呪われた王城と第一の事件

 国王の寝室は、王城の最上階に位置していた。

 豪華絢爛という言葉がそのまま当てはまるような部屋だったが、今は重苦しい沈黙と死の匂いに満たされている。部屋の中央に置かれた巨大な天蓋付きベッドの上で、国王は眠るように息絶えていた。その顔は安らかで、苦悶の表情は見られない。外傷も、争った形跡もどこにもなかった。


「これが、状況です」


 リリアナは青白い顔でつぶやいた。

 彼女の隣で、優馬は冷静に、そして貪欲に部屋の隅々まで観察していた。屈強な騎士たちが部屋の入り口を固め、誰もが不安げな表情でひそひそと囁き合っている。


「王城の呪いだ……」

「先々代の王も、奇妙な病で亡くなられたという」

「この城には、何か得体の知れないものがいるに違いない」


 そんな言葉が、優馬の耳にも届いてくる。彼らにとっては、超常的な存在による犯行というのが、最も納得しやすい結論らしい。


「馬鹿馬鹿しい」


 優馬は思わず口に出していた。周囲の騎士たちがギョッとして彼を見る。


「呪い? 見えざる何者か? そんな非科学的なもので人が死ぬものか。必ず、そこには人間が介在した、物理的な原因があるはずだ」


 きっぱりと言い切る優馬を、リリアナは驚いたような目で見つめていた。恐怖と混乱に支配されたこの場所で、ただ一人、彼だけが冷静さを失っていなかったのだ。


「あなた、一体何者なのですか?」


「水無月優馬。ただの……そう、探偵見習い、みたいなものです」


 優馬は少し考えてそう答えた。

 その時、騎士たちをかき分けるようにして、一人の大柄な男が部屋に入ってきた。赤いマントを羽織り、いかにも歴戦の勇士といった風貌をしている。鋭い鷲のような目が、部外者である優馬を捉え、敵意を剥き出しにした。


「リリアナ様、ご無事でしたか。……そこの男は何者だ? なぜこのような場に平民がいる」


「アーロイ騎士団長。彼はユウマ。私のお客様です」


 リリアナは毅然とした態度で答えた。アーロイと呼ばれた騎士団長は、納得いかないというように眉をひそめる。


「お客様? 見慣れぬ格好ですが、どこの国の者ですかな」


「それは……」


 リリアナが言葉に詰まる。異世界から来たと正直に話したところで、この頭の固そうな騎士団長が信じるとは思えなかった。


「それよりアーロイ、何か分かったことは?」


 リリアナが話を逸らすと、アーロイは悔しそうに首を横に振った。


「いえ。先ほどの報告通り、完全な密室です。扉は内側から閂が掛けられ、我々が破城槌で破壊して中に入りました。窓も全て内側から施錠されており、煙突には人が通れるような隙間はございません。毒を盛られた形跡もなく、まさに謎としか……」


「謎、ね」


 優馬は腕を組み、現場をもう一度見渡した。

 密室殺人。ミステリーの王道だ。だが、ここは現実。しかも魔法が存在するかもしれない異世界。考えなければならない要素が多すぎる。

 優馬はリリアナに向き直った。


「リリアナ様、でしたか。俺に、この事件の調査をさせていただけませんか」


「何を言うか、平民風情が!」


 アーロイが即座に怒鳴るが、優馬は全く意に介さない。


「あなたたちには呪いにしか見えないかもしれない。だが、俺の目には、これは人間による計画的な殺人にしか見えない。そして、どんな完璧に見える犯罪にも、必ず解ける糸口はある」


 その自信に満ちた瞳。論理的で落ち着いた物言い。

 リリアナは、藁にもすがる思いで、この目の前の異邦人に賭けてみようと思った。父の死を「呪い」の一言で片付けられてたまるものか。


「……分かりました。ユウマ、あなたにこの事件の調査を依頼します。騎士団長、彼に最大限の協力を」


「しかし、リリアナ様! 素性の知れぬ者を!」


「命令です、アーロイ」


 リリアナの強い口調に、アーロイはぐっと言葉を飲み込み、不満を隠せない様子で一礼した。


 優馬は早速、調査を開始した。現代の科学捜査の知識を元に、一つ一つの情報を吟味していく。

 まず、ドア。確かに内側から頑丈な閂が掛けられている。これを外から掛けるのは、極めて難しい。

 次に窓。こちらも同様に内側から鍵が掛けられている。

 そして、遺体。外傷はない。毒物検査も、この世界の魔術師が行ったらしいが、何も検出されなかったという。


 だが、優馬はいくつか不可解な点に気づいていた。

 一つは、床に落ちていた微量の砂。この部屋のどこにも、このような砂を発生させる要素はない。

 もう一つは、暖炉の火が消えていたこと。まだ夜は冷えるこの季節、王が暖炉の火を消したまま眠るとは考えにくい。


 魔法や呪い。そんな非科学的なものを、優馬は信じない。だが、この世界には彼の常識を超えた「何か」があるのかもしれない。ならば、その「何か」の法則性、ルールを論理的に解明すればいいだけだ。


「面白いじゃないか……」


 不謹慎にも、優馬の口元に笑みが浮かんでいた。探偵の血が、謎を前にして騒ぎ始めている。

 異世界という究極のアウェーの状況で、彼の推理は通用するのか。すべては、これから始まる捜査にかかっていた。

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