第3話

「二人の現在の状況が確認できたところで本題に入る。そなたら二人には選択肢を二つ与える」

 裁判長の言葉にカリストが頷く。たけど私とアマヤは何を言ってるんだと裁判長を見上げる。私達の頭には疑問符が浮かんでいたに違いない。

「それでだ。フラン殿、アマヤ殿、選択肢の一つはこのまま王が目覚めるのを待つ事。まあ牢には入って貰うが未だ罪人では無いからな、衣食については不自由が無いように保証する」

 寛大な処置ではあるんだけど……。ただ王がいつ目覚めるのかは分からないし、もしも王がこのまま亡くなってしまったら二人とも処刑……だよね。

「もう一つは王の回復のために霊薬ネクタルを採集に赴く事。この場合は逃走出来無い様に身体に魔法陣を刻ませて貰うが、旅費は出す。それにその霊薬ネクタルで王が回復すれば恩賞も約束する」

 霊薬ネクタルか、ただ採集してくるだけなら私の得意分野だ。魔物も野盗も私なら隠れてやり過ごせる。

「待てよ。そもそも王の容態はどうなっているんだ?大聖堂で治療してるんだろ」

 アマヤが声をあげる。それはそうだ。王が二、三日で目を覚ますなら牢に入った方が良いし、少しでも生死に関わるなら霊薬ネクタルの採集に向かった方が良い。

「……今のままでは半々といった所だ。国で腕利きの治癒術士に治癒魔法をかけ続けさせているが、どうも刃には毒が塗られていたようで容体は芳しくない。それに傷が内腑ないふに達していてな、後は王の体力次第といったところだ」

「それじゃあ選択肢なんて無いじゃねえか。王が死んだら俺の無実を証明する人がいなくなる」

 アマヤの叫び。そう……王が亡くなれば私の無実を証明出来無いし、私と王のちょっとしたコネも無くなる。つまりは簡単に処刑されるって事だ。

「それで霊薬ネクタルは何処にあるんだ?」

 アマヤは再度質問する。裁判長は口をつぐみ中々答えない。

「教えてください。場所も分からなかったらどちらも選べませんよ」

 私も裁判長を追及する。なんで裁判長がそこを隠すのか理解に苦しむ。

「それが……竜の鼻ラ・ノリスにしか霊薬ネクタルの材料も無いし製法もそこでしかわからぬ」

「おいそれ魔物の本拠じゃねえか。俺に死にに行けってのかよ」

「確かに危険な場所ではあるが、フラン殿は行った事があるはずだ」

 確かに行った事は……ある。十年前、王都に攻め寄せた魔物の軍勢を撃退した後、今の王とともに魔物と停戦するための使者として竜の鼻ラ・ノリスへと。

 まだその時に結んだ停戦条約が生きているから、組織的な攻撃は受けないはず。ただ魔物の軍は統制が取れていないから魔物は勝手気ままに襲ってくるし、知能の低いモンスターなんかはそんなのお構い無しでこっちの事を餌だと思って襲ってくるから危険な事に変わり無い。

「あそこね…⋯行きたくは無いけど、他に方法が無いなら仕方がない。ただ一つ懸念があるんだけど」

「なんだ申してみよ」

「私の立場で話すと、そっちのアマヤさんは王を刺した犯人かもしれないわけで、竜の鼻ラ・ノリスまでの道中、私は罪を押し付けられて殺されるリスクを常に抱えることになるでしょ。だからといって常に警戒して旅をすると、戦いになっても背中を預けられないし、休むときも一睡も出来ないと思うんだよね」

 私の言葉にアマヤは「だから俺は」と口を挟もうとしたが、カリストに遮られた、

「なんだそんな事か、直結リンクの魔法をかけておけば良い。そうしておけば片方の命が失われたら、もう片方の命も失われる。『生まれた時は違えども死すべき時は同じ』だな」

 カリストは遠国の逸話を例に出した。つまり、お互いに危害を加えることも出来ないし、を見捨てる事も出来ないと言うことか、

「それに加えて王の命とも直結リンクしておけば逃げ出す事も出来ない。一石二鳥ではないかな裁判長」

 え、ええ?それって瀕死の国王が亡くなったら私の命も無いってことだよね……処刑されるよりは楽に死ねるかもしれないけど……。拷問の上で処刑されるのと、無人の荒野で心臓が止まり朽ち果てるのどちらが幸せなのかな……はあ。

 もともと私に選択肢は無いんだ。私が牢に入れば息子は一人では生きて行けないんだから。

「分かりました、それで構いません。迅速に霊薬ネクタルを持ち帰ります。ただしこの旅への息子の同行許可をお願いします」

 私は覚悟を決めた。息子のサウロのためにも生きて霊薬ネクタルを持ち帰る。それしか私の生きる道はない。

「子連れで旅だぁ、てめえピクニックじゃねえんだぞふざけんな」

 アマヤは何か言っているが気にしない。どうせ大した事は言っていない。私は裁判長に招かれ、壇上に上がる。

「お主は国王フェルナンド及び咎人とがびとアマヤ=マルティンと命を共にする事を誓うか」

 私の頭上に裁判長は法律辞典をかざした。裁判長自身が魔術を使うわけじゃない。ただのセレモニーだが緊張する。なんだか結婚式を思い出すな……。嫌な結婚式だ。ムードも何もありゃしない。まあ婚姻の誓いだってろくに守れてないんだけどね。

「……誓います」

 私があまりに黙っていたので裁判長が不安げな表情をしていた。裁判長はもう少し情緒というものを知って欲しい。覚悟を決めていても行動に移すには準備がいるのに……深呼吸とか、円周率を唱えるとかして緊張を和らげたい。

 続いて法廷魔術師が床に魔法陣を描く。魔法陣については私は専門外。葉っぱの葉脈にしか見えないような紋様の外側に縁が描かれるとぼんやりと紋様が光を放つ。

 相変わらずアマヤが文句を言っているようだが私が契約した以上は、アマヤが断っても命の直結リンクの魔術は始動する。つまり私が死ねばアマヤも死ぬのだ。精々私が死なないように働きなさい。傲慢ごうまんに聞こえるかもしれないがお互い様だしね。ついてこないなら私は一人でも、サウロがいるから二人だけど……でも行く。そうなったらアマヤは私が死なないようにお祈りでもしいれば良い。

「それではフラン殿。魔法陣の中に」

 私は裁判長に促されて、魔法陣へと一歩踏み出す。裁判長は自分が巻き込まれないように私に触れもしない。サウロがいたら「裁判長、怖がり」てやじを飛ばすところだ。

 でも私に余裕があったのはここまでだった。私の身体が魔法陣の中に全て入ると、私は光に包まれる。粘度のある光とでも言うのかな、力を感じる黄金色こがねいろの光。あまりの眩さに目を閉じると、三つの拍動を感じる、一番近くてゆっくりなのが私。アップテンポに弾む拍動は怒っているアマヤだろう。じゃあかすかに感じる弱々しい拍動がフェルナンド……王か……本当に命が危ないみたい。

 これが直結リンクか、なんだか肌が触れ合っているような不思議な感覚だ。率直に言うと気持ち悪い。フェルナンドとは戦場で酒を酌み交わした仲だけど、肌を触れあう様な仲じゃないからね、アマヤに至っては初対面だし……。

 光が弱まると私はゆっくりと目を開いた。違和感はあるがじき慣れるだろう。アマヤが同行してくれるなら戦いの時に何処にいるかが認識出来るから便利だろうな。私、隠れて戦う戦闘スタイルだからから味方の攻撃に巻き込まれ易いんだよね。

 振り返るとアマヤも覚悟を決めたみたいだ。アマヤの実力はわからないけど、身のこなしは素人とは思えない。ただの鍛冶屋でも魔術師でもないはず。後はサウロだ、あの子結構人見知りするからなあ。

 私はこれから始まる旅立ちにそんな呑気にかまえていた。一応ベテランだし。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雑用上手の英雄譚  じゅん うこん @junOS

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ