第2話

 「両者とも顔を上げよ」

 法廷に連れてこられた私は、タイル張りの床に転がされた。顔を上げろって言うなら縄をほどいてもらわないと無理でしょ……なんて思っていたら衛兵に肩を抱えられ座らされた。

 両者?私は周囲を見渡すと、薄汚れたローブに包まれた人物が二メートル程離れた場所に私と同じ様に座らされていた。顔は見えないけどローブの左袖には明らかに血だと分かる赤黒い染みがあった。じゃあこいつが犯人?でもそれなら私は解放されるはず。

「名を名乗りなさい」

 あごに白い髭を蓄えた老人が私をステッキで指し示す。老人の装束は黒色の法服。壇上に鷹揚に座る様子からして裁判長だ。逆らうのは賢くない。素直に私が名乗ると裁判長は、

「ほう、そなたがあの名高い変態メタモルフランかなるほど……」

 十年前に捨てた二つ名を裁判長は口にした。国王が勝手につけたんだけど、恥ずかしいんだよねこれ。せめて擬態ミミックとか待ち伏せアンブッシュとか他にも言い方ってものがあるでしょうに。ただ名は知れているから多少の配慮はあったみたいだ。普通は衛兵に捕まったら問答無用で牢屋行きだ。

「そなたは何と申す」

「俺はアマヤ=マルティンだ。魔術を使って街で鍛冶屋をしてる。俺は刺された王を見つけただけだ。早く解放してくれ」

 フードを外すとアマヤの顔が露わになる。よく日焼けた赤銅色の肌、所々に火傷の後が残っている。その精悍な顔立ちとヘイゼルの瞳に私は目を奪われた。

「コイツが王を刺したんだろう。早く透視クレアボヤンスを使ってくれ」

 アマヤは裁判長に向けて私をアゴで示す。せっかくビジュアルで評価していたのに、言うに事欠いて私が王を刺しただなんて。私の中に生まれた好感度が全て敵愾心てきがいしんへと変わっていった。

「それが……だな……」

 アマヤの言葉に裁判長が口ごもった。俯いていた裁判長はアマヤの後方にいた近衛兵に視線をやる。

「近衛隊長のカリストです。発言よろしいですかな裁判長」

 裁判長が頷くとカリストが発言する。たしか近衛隊長は慣習では王族が付く役職。王に兄弟がいたとは聞かないから従兄弟かなにかの王の親族のはず。

「アマヤ、すまない。先程は透視クレヤボヤンスで見れば一目瞭然等と言ってしまったが、透視クレヤボヤンスにも見られない場所がいくつかあってだな……あの場所は駄目なんだ」

 これは私も聞いたことがある、王宮の会議室とか兵の駐屯地とか王国が見られて困る場所には遠視避けの魔術がかけられているって。

「おいカリスト。あそこはただの通路だろ、何で見えないんだよ」

「確かにただの通路なんだが、その上層がな……」

「何なんだよ一体」

「王立の公衆浴場だ。覗き防止の魔法陣の影響で透視クレヤボヤンスが全く役にたたない、しかも王立施設の魔法陣は導師ベンハミン自らが描いているから他の魔術師では到底解除出来ない」

 ああ困ったと、ため息をつきながらカリストが話す。裁判長はうむうむと頷いているがどう考えてもこの説明は裁判長がするべきだと思うけど。

「導師は先王と共に外遊に行っている。使いを出す事は出来るが周囲の国に王の危篤を知られると、先王が人質に取られて国の危機を招くおそれがあるのでそうもいかん」

 確かに王と先王がいなくなれば、残るは幼少の王子だけだ。十中八九、国が乱れる。そんなときに他国に攻められたらひとたまりもない……でも。

「王が刺されたのは分かりました。じゃあなんで私はここに連れてこられたの、かな」

 そこが分からない。私は入浴していただけなのに。

「それがですな、王は服を着ていない、裸の状態で何者かに刺されていた。しかも王が発見された場所は貴方が入浴していた王立の公衆浴場、しかも女風呂の真下にあたる」

 裁判長が私を疑う根拠を示す。でもそれって……。

「あくまで想像であるし王に対する不敬となるかもしれんが……。王は自ら服を脱いで女風呂へ入り込み、入浴中のフラン殿に迫る。王との行為を拒んだフラン殿は王を刃物で刺し瀕死となった王を露天風呂から下へと投げ捨てた。そして浴室で返り血を洗い流し何食わぬ顔で待合所で息子さんと合流した……違うかね」

 裁判長の表情これは冗談ではないみたいだ。でも。

「私じゃありません。それに露天風呂から投げ捨てたとしたら、下の階層じゃあなくて王都の外に落ちませんか」

 そうだ王都は円筒状なんだし、下の階層に物が落ちるなんてあり得ないはずだ。

「通常ならな、だが王が発見される直前にが観測されている。多少なりとも王都が傾けば下の階層に王が落ちて行ってもおかしくはないだろう……それに第二層の通路と第三層の浴場の周囲を透視クレアボヤンスしたが返り血を浴びた通行人はいなかったのだ。だとすると浴室で血を洗い流せるフラン殿にしか犯行は不可能なのだ」

「通行人がいたのなら誰か王の悲鳴を聞いているはずです、私も息子も聞いていませんが」

 私が質問すると、カリストが一歩進み出て、

「現場検証をおこなった結果、あの浴場はかなり防音性が良い。浴室内の物音は屋外はおろか待合所にいても殆ど聞こえぬのだ」

 と答えた。

「でも第三層と第二層の間はかなりの距離がありますよ。あの高さから王が落ちたのなら、当然生きてはいないし下手したら肉片になりませんか」

 私は更に釈明する。こんな冤罪で処刑されたくはない。

「なんだそんな事か、飛行魔術を王族が得意とすることは知っておろう。王も多分に漏れず飛行魔術を得意とされていた。王は自らの身を守るため薄れゆく意識の中で自らの身体を浮かせたのだ。それで第二層に軟着陸する事が出来たのではないかな」

 法廷が静まり返る。裁判長の言葉にカリストも頷いている。そんな……誰も、何処にも私の味方がいないだなんて……。

「ちょっと待てそれはおかしいぞ」

 静けさの中で声をあげたのは、アマヤだ。

「これを言うと俺が不利になるかもしれないんだが、裁判長の話だと、王は王冠にマント、王錫まで持って風呂に入った事になるよな」

「それが何か?」

「王国は質素倹約をモットーにしているよな。王冠や王笏を風呂に持ち込んだら錆びるし、マントだって濡れて大変だろ。作り替えるには結構なこれがかかる。そんな事するかな?」

 アマヤは指でお金のマークを作るとさらに、

「しかも露天風呂から投げ捨てたのならマントは風に吹かれてどこかに飛んで行くはずだ。そっちのフランさんだっけ、だけを疑うのはどうかと思うぜ」

 なんて良い人だ。私はアマヤを仰ぎ見た。

「あのなアマヤよ。お人好しなのは分かったがそうなるとお前への疑いが晴れなくなるぞ……良いのか?」

 カリストが呆れた声を出す。カリストからしたらアマヤを助けようと根回しした事が無駄になるのだ。それは呆れて当然だろう。

「カリスト殿。そうなると現時点で犯人は特定出来無い……で良いな」

「はい。そのとおりですね。王に刃物を指すだけなら当然このアマヤにでも出来ますし……何故王が裸なのかは謎になりますが、そう言えばアマヤお前魔術師だと言ったな何の魔術が使えるのだ?」

 思い出した様にカリストがアマヤに聞いた。たしかに使える魔術次第では王が裸だった理由がわかるかもしれない。

「俺の炎の魔術が得意だ。ただ細かな調整が下手で普段は鍛冶の時に鉄を溶かす為にしか使ってないが」

 アマヤも唯一の味方であろうカリストの問には素直に答える。

「なるほど炎か、例えば王がお前の鍛冶屋に鎧をオーダーメイドで発注して、王が身体の計測や鎧の試着のために肌着一枚になった隙にブスリと刺す。そして王が肌着一枚の姿で発見されればそれこそ服屋や鍛冶屋が疑われるから衣類を脱がせてお前の魔術で燃やす。これなら発見時の状況になるが?」

 強引な気がするが鎧の計測や試着なら確かに王は服を脱ぐし、肌着だけなら脱がすのも燃やして証拠隠滅するのも比較的簡単だ。

「待ってくれ、俺の店でもオーダーメイドの鎧を受注することは確かにある。ただ何で王があんな通路で服を脱ぐんだよ。堂々と店に来るなり、王宮に俺を呼びつければいいだろ。それに炎の魔術をつかったら音がするし物を燃やせば匂いもする。あんたが駆けつけたときに異常に気がつくだろ。あんたが俺が犯人じゃない証人じゃないか!!」

「それはそうだが、あの時はで街がざわついていたし、天井から落ちてきた埃で随分と臭かったたらな、だからお前が魔術を使っていないと証明するのは私には無理だ。それに王なら透視クレアボヤンスで探されないようにあの場所を指定する事が無いとはいえない……ただお前の言う通り不自然ではあるが……」

 アマヤとカリストのやり取りでも結論はでなかった。これ、どうするんだ、二人とも処刑になったら笑えないよ。

 

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