第1話

 グラッと大地が震えた。

 また竜がくしゃみでもしたのかな、 

 その時は私はいつもの事だと思って気にもとめなかった。

 ここ王都は巨大な竜の背中に生える一本の大樹の上にある……らしい。らしいと言うのは誰も竜の姿を見た事が無いからだ。それでもこうして大地が揺れると、竜のくしゃみだとかあくびだとか皆が噂をするのが王都の習わしだった。しかも結構な頻度で揺れるんだよね。竜の背中云々の真偽は不明だけど王都は確かに複数の階層を持った円筒状の形をしている。まあ私も最上層には行った事は無いんだけど。

 竜がくしゃみをすると各層の天井から埃が落ちてきて街が埃っぽくなるんだよなあ。こっちがくしゃみをしたくなる。

 私は王都の第三階層の公衆浴場バルネアリオで汗を流していた。息子のサウロが大きくなったからこうしてゆっくり湯に浸かれるようになった。健やかな成長に感謝。

 私が今浸かっている浴槽は外にせり出した露天風呂だ。安全の為に設けられた犬走りがなければ下の階層を見下ろせてさぞ景色がいいんだろうな、そこは惜しい。揺れた時に落ちたら大変だから仕方が無いんだけど。

 サウロの歓声が浴室のタイルに反響する。サウロは大浴場は初めてだ。迷惑かけてなければいいけど。叱りに行きたいけど今は無理だからなあ……。

 私、フラン=アブレイユは十年前の魔物の攻勢で連れ合いと離れ離れになってしまって、王国のお情けで第三階層に住ませてもらっている身だ。本来第三階層は騎士階級か非常時に徴兵される義務を持つ傭兵や冒険者しか住むことが出来ない場所。普通の王国民は第二階層、外国人や異種族は第一階層に住むように王国令で決められていた。

 私は元々騎士見習いとして働いていて、十年前の戦争の時は戦士として剣を手に取り戦った。その時の戦いで手柄を挙げて報酬が入ったんでサウロの子育てに専念するために引退したんだ。

 義務を果たせなくなった者は第三階層を追い出されるのが常なんだけど、一緒に戦った王子、つまり現在の王が私の腕を惜しんで特別に第三階層に住む許可を出してくれたってわけ、コネは偉大だ。王は国一番の武芸の達人で戦場を文字どおり飛び回っていたから私もそのお眼鏡にかなったって事にしておこう。

 その事自体は感謝しているんだけど、結局サウロが成人を迎えたら第三階層に住めなくなるんだよね。駄目もとで騎士団の入団試験を受けさせてみるか、それとも私が現場に復帰するか……悩ましいところ。

 のぼせる前にあがらないとね、私は浴槽からあがると布で水気をぬぐった。さあて今日のメイクは……、言い忘れてた。私の現役時代のクラスは魔法戦士。と言っても攻撃魔法は使えなくて得意なのは色彩魔法を使ってのスニークアタック奇襲攻撃。この戦法、魔物相手に使うには良いんだけど、人間相手につかうと暗殺者扱いされてお尋ね者になってしまう、だから今では魔法は洋服なんかを染めて日々の生活費を稼ぐ事に使ってる。

 もう一つの魔法の使いみちが……そうメイク。一瞬で思った通りのメイクに仕上がる。これは便利で時短になる。ただ私のすっぴん姿を知らない人が美人だと思って言い寄って来るのが難点。まあ言ってみれば出戻りみたいなものだからな私。容易たやすく落とせると思われているんだろうね。そんな暇ないからお断りしてるけど。

 私は浴場の待合所で涼みながらサウロを待つ。ここの浴場、お湯が勝手に湧き出す温泉らしいけど大樹の樹液が混ざっているのか、お肌に凄く良い。王宮と同じ源泉を使っているらしくてお肌がすべすべになって透明感アップする。それが証拠に天井から伸びているパイプから落ちてくる湯を家に持ち帰る人も多い。

 そうこうしていると、鎧に身を包んだ衛兵がズカズカと浴場に入ってきた。しかも遠慮もなしに女湯に入って行った。何事?いくら何でも越権行為じゃないか。

 私は正直なところ早くこの場を立ち去りたかった。そんなタイミングでサウロが男湯から出て来た。私は生乾きだったサウロの髪を布で拭く。もうそろそろ一人で出来るようになって欲しいな。それはそれで寂しくなるのかもしれないけど……。

 そうしていると私の首元に槍が突き出された。私も戦士だ。即座にサウロを抱えると後方に飛び退いた。

「いきなり何?衛兵さん」

 そうは言っても衛兵と事を構えたら私はお尋ね者。出来れば穏便に済ませたい。こちらは丸腰だしサウロを連れている。衛兵も第三階層にいるのは腕自慢の者ばかりと当然知っているはず。

「これは失礼した。私は衛兵隊長のテオと申します」

 丁寧な口調だが、同時に有無を言わさぬ口調。隊長と言うのは本当だろう、鎧についたマークが他の兵より多い。

「貴方を国王襲撃容疑で捕縛します。罪が罪なので抵抗される場合は殺害も辞さないように命令されているので、おとなしく従う事をお勧めします」

 私は周囲を見回す。衛兵は隊長を筆頭に七人。外にも見張りがいるだろうから最低十人か……。無理だな、せめて屋外ならなあ……逃げるのは得意なんだけど。

「分かりました従います。私は湯に浸かっていただけですから、王が存命であれば疑いが晴れるでしょう」

 テオ隊長は殺害では無く襲撃と言った。それならば国王は存命のはず。私は王とは面識があるからまあ大丈夫だろう。

 衛兵達は私を後ろ手に縄で縛り、法廷がある第四階層へと連行したのだった。

 


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