雑用上手の英雄譚 

じゅん うこん

序章 王様は裸だ

第0話

 ……何か音がしたな。 

 俺、アマヤ=マルティンは真夏の王都を汗をぬぐいながら居住区から市場に繋がる通路を歩いていた。さっきの竜のくしゃみのせいで街が埃っぽい。

 日当たりの悪い王都だが、王都の外周をはしる通路には直射日光が降り注ぐ。

 今俺がいる第二階層は一般的な国民が住む階層だ。ただ商人達が店を構えるのもここ第二階層だから一番人が多く賑やかな階層でもある。

 王国の運営が質素倹約に重きをおくため、通路は素焼きのレンガを敷いていた。馬車なんかは走りづらく、国民は徒歩を選び自然と足腰が丈夫になる。

 上級貴族達は御用商人を上層に呼び寄せるので、ここまで降りては来ないが、下級貴族や騎士達は買物のためにここ第二階層まで降りてくる事もある。

 面倒な事にこの王都グランデアルは神の御加護があるらしく、外側を飛んで上の階層には登れないようになっている。だから魔物が飛んで来て襲撃を受ける事もなく難攻不落の都……なのだが逆に言えば上の階への移動は王都の中心部分、要は大樹の幹に取り付けられた螺旋階段を使うしかない。その結果混み合って不便だ。まあ降りるだけなら空を飛ぶ魔法を使えば可能なんだだが、

 そんな事を思いながら居住区から市場へ入る路を曲がると、

 王が倒れていた。

 どうして王だと分かったかというと、国王しか身に着けられない金糸で刺繡の入ったビロードのマント、何より王の横には王冠と王錫が転がっていたからだ。

 しかもその他は裸で国王しからしからぬ引き締まった腹からは刃物の柄が伸びている。しかもドクッドクッっと拍動に連動して血が噴き出していた。

 俺はたまらず駆け寄った。せめて止血だけでもと俺は自らのローブの裾を引き千切り王の傷口に当てる。

 この行動を俺はすぐ後悔することになる。

「誰か、誰か来てくれ」

 俺は市場に向かって叫んだ。まだ心臓は動いている。治癒魔法の使い手が近くにいればまだ助かるかもしれない。幸いに中年に差し掛かった王だが、質実剛健を旨とし若い頃に武勇で名を成した身体は一見して頑強そうだ。

「何事だ!!」

 俺の声を聞いて駆けつけて来たのは、くそっ最悪だ。市場の側からは白銀に輝くブレストアーマーを身にまとった近衛兵、市街地からはレザーアーマーを着た自警団、二人ともショールコートも付けずに駆けつけて来た。だがこの二人では王の治療は望めない。しかも俺は昔、近衛兵とはトラブっているから出くわしたくない相手ナンバー2だ。あいつら冗談が通じないからな。じゃあナンバー1は誰かって?ナンバー1は借金取りだ。金がない時にあいつらに会うと奴隷市に売り飛ばされる。

「刺されているがまだ息がある。治癒術士を頼む」

 俺は右手を必死で振った。左手には布越しに生暖かくぬるりとした血の感触が伝わる。

「こ、これはフェルナンド王。貴様がやったのか」

「俺じゃねえよ。犯人より治療が先だろ」

 近衛兵は俺の首に剣を突きつけると、詰問を始める。俺は首を反らしてあごで自警団の男に指示を出す。

「分かった。司祭を呼んでくる」

 自警団の男が市街地の教会へと走る。頼むぞ、関わり合いになりたくなくて逃げたんじゃないよな。

「剣を納めてくれ。俺は動けん。俺が手を離したら王からまた血が噴き出すぞ」

「分かった。だが逃げる素振りを見せたら切る」

 近衛兵が剣を鞘に納めたところで、俺はこいつの気が変わらないように話を続ける。

「俺はアマヤ、街で鍛冶屋をしている。ついさっき市場へ買い出しに行く途中で倒れている王を見つけたんだ。刺したのは俺じゃねえ」

「私は近衛隊長のカリストだ。王宮から王がいなくなって捜索していた。王は政務をサボってふらりと街へ出かける事があるのだ、なにせ王は飛行魔法が得意なのでな。そしたらお前の声が聞こえてきたのでここへ駆けつけた次第だ。本当に刺したのはお前では無いのか?」

 よし、俺の話を聞いてくれた。釈明もさせずにいきなり切られるのが最悪のパターンだ。取り敢えずそれは回避した。しかし若いなまだ二十歳そこそこじゃないのか、これは優秀なヤツに違いない。

「よく見ろよ、王は服を着ていない。俺が犯人だとしたら王の服は何処にいったんだ。俺には服を隠す時間も場所も無いし、王は服を脱いでから刺されたんじゃないか?刺された後で服を脱がせたのなら、脱がせたときに王の顔や足にも血がつくはずだろ」

「そうするとおかしな事になる。お前は居住区方向から歩いて来たわけだな」

「そうだぞ……まさか!!」

 俺は口にしてから、気がついた。確かにそれおかしい。

「私達近衛兵は王を見つけるために市場と居住区を繋ぐ通路に検問を張っていた。ここが一番通路が細くて人通りが多いからな、だが検問所を指揮していた私がここに駆けつけるときに誰ともすれ違っていないぞ」

 カリストは一歩踏み出し再び剣を構えた。石畳とブーツがぶつかる音が響く。流石近衛兵だ。鋲付きのブーツか良い物が支給されている。

「お前は誰かとすれ違ったのか?答えろ。お前は犯人を見ているはずだ。隠し立てするなら切る」

「……いや誰ともすれ違っていない」

 俺は首を振った。ここで嘘をついたら本当に切られる。カリストの構えにはその気迫があった。俺とカリストは睨み合い、あたりに沈黙が広がる。聞こえる音は小鳥のさえずりのみ。

「そうか……まあ良い。お前の言う事にも一理ある。ただ身柄は拘束するぞ。法廷魔術師の透視クレアボヤンスで見れば一目瞭然だろう。それまでは逃がすわけにはいかん」

「分かってくれたか隊長殿、それに王の意識が戻れば、俺が犯人じゃないって事は分かるんだ、そうなるとむしろ俺は王の命の恩人だぞそれを勝手に処刑してみろ、隊長の首が危ないんじゃないか」

 フッフッフッこの勝ち誇った顔を見ろ。俺はカリストに余裕の笑みを送る。カリストは俺に近衛兵お得意の捕縛キャプチャーの魔術をかけると諦めた顔をした。

 この捕縛キャプチャーの魔術は一言で言うと鬱陶うっとうしい魔術だ。この魔術をかけられると手足に重りを付けられた様に感じるんだ。動きにくいったらありゃしない。以前食い逃げで捕まった時は牢屋で寝返りもうてないから眠れなくて大変だった。あと肩こりが酷い。まあ実際に手足が重くなっているわけでは無いらしいが……。

 一緒に牢屋に入っていたおばちゃんが言うには精神魔法の一種らしいな、その証拠にクソ重く感じる俺の左手は王の腹にめり込んだりはしていない。

「はぁ、はぁ、参りましたぞ」

 そうこうしていると、居住地から老司祭が息を切らせて駆けつけてきた。

「これは、これ程の深手では私の治癒魔法だけでは治療できません。私が治癒魔法をかけ続けますから上の大聖堂まで運びましょう」

 王の様子を見て老司祭の顔色が変わった。素人の俺が見てもわかる。死にかけなのだ王は。それでもカリストは流石だ、部下を呼び寄せると王を急造したタンカに乗せる。カリスト自身は老司祭を担ぎ大聖堂を目指した。

 ……俺はと言うと、他の近衛兵に縄で縛られ、第四階層にある法廷までしょっぴかれた。俺じゃねえって言ってんのに。

 

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