第9話

――装置は三十秒後に爆発する。お前はその三十秒の間に全力で走れ。そして五十メートル以上退避しろ。


 ふと、シュラーの言葉が脳裏に蘇った。

 三十秒以内に五十メートルの避難。それを聞いたときは楽勝だと思っていた。


――命を落とす危険性もある。


 この装置をおいて、鉄格子を脱出して、五十メートル全力疾走。

(……できるわけないだろ)

 鉄格子はびくともしないのに。

「まいったなー」

 そう言いながらも、ソーライはその手を止める気はなかった。手元の端末を見ると、タイムリミットは一分をきっている。

 このままだと、あと一分以内になんとかしなければ、この惑星は死滅してしまう。

「じゃあ俺、死ぬしかないじゃん?」

 悪あがきなら得意なのだ。ソーライの口元から自然と笑みがこぼれる。

 水面に冷却チップを浮かべると、安全弁をはずし、スイッチを押した。

 すぐに青い端子が現れる。そこへ、なんの躊躇ためらいもなく赤い端子を繋ぐ。冷却チップはキィーンと高い音を立てて作動し始めた。

 ソーライは観念したようにその場に座り込む。それからただ、カタカタと音を立てるその小さな装置をじっと見ていた。

 不思議と死ぬのは怖くなかった。

 もともと長くはないと思っていた命だ。それが今まで延びていただけのこと。

 サトーラのスラム街で軍人が目の前に立ちはだかったこと、厳しい雪山の訓練から帰還したこと、あの日宇宙船の貨物の中からシュラーを見上げたこと。命が延びた瞬間が次々と脳裏を流れる。

(死ぬ前にもう一度だけシュラーに悪態をついておきたかったな。それから、おふくろの墓参り……)

 ただ、その二つだけが悔やまれた。

 気がつけば、檻の外は劫火に囲まれている。さすがに建物自体は木製だけあって、火の周りは早いようだ。足元の装置も着々と準備を進めている。

 そのチップは青白い光を放っていた。下が水面だからよく見えるのだが、クーリングスポットから急速に冷気を集めて、チップ内に蓄積しているらしい。水面下から装置に向かって、何本もの青白い光が走っていた。

(この装置が実際に作動するのをこんなに間近で見るのは、きっと俺が世界初だな)

 諦めてしまえば不思議と余裕が出てくる。

 作動するまであと十秒ほど。

 外壁が炎で崩れ落ちた。

 その炎の向こう側に、ナルハたちや村人の姿が見える。どうやら五十メートル以上離れてくれているようだ。

 目視で確認して安心したところに、今度は天井が燃え落ちてきた。大きなはりがギィィと嫌な音を立てる。

 これほど周囲が燃えていて、鉄格子の中に閉じ込められているのに、檻の中は思った以上に暑くない。きっとクーリングスポットのお陰なのだろう。

 装置で命を落とすのが先だろうか。

 炎に巻かれてしまうのが先か。

 装置作動まであと五秒。

 四……。

 三……。

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