夏の幻影
夏の幻影
作者 雪解わかば
https://kakuyomu.jp/works/822139837394501403
「物書きの青春」の権化である謎の美少女に恋をした男子高校生が、彼女に認められたい一心で創作と受験に心血を注ぎ、二度の落選という挫折を乗り越え、大学生となって次代の書き手を支えるまでを描いた成長物語。
青春、創作、成長の物語。
青年向けの現代ドラマ。
心に深く響く静かな感動と自己と向き合う勇気を描いた良作。
そう思われていたのかと笑いながら申し訳なく思った。作者がカクヨム甲子園に参加した実体験と心情を赤裸々に反映させている。創作への情熱、葛藤、成長がリアルに描かれ、まさに青春の叫びだ。構成とキャラクター描写もいい。作中少女のモデルは私かしらん。内省の冗長さと終盤の感情の揺らぎを丁寧に調整すれば完成度はより高まるだろう。こうした熱量と独自性、自己肯定と成長を描いた物書きの青春小説だった。
主人公は、小説執筆に自己の存在理由を懸けた男子高校生。一人称、僕で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られ、精神的な脱皮を遂げて大学生へと至るまでの変容を描き出している。柔らかく静謐な文章で語られ、感情に寄り添う丁寧な描写。主人公の内面の弱さや季節の移ろいとともに変化する心情を、景色とともに繊細に表現している。全体的に詩的で静かなリズムを持ち、読者を引き込む安心感と深みを与えている。
男性神話の中心軌道に沿って書かれている。
一幕一場の状況の説明、はじまり
高校二年生の夏、弱さを抱えて虚無な日常を送る主人公は、日課の喫茶店で創作活動に没頭していた。ある日、謎の白いワンピースの少女と出会う。
二場の目的の説明
少女は主人公が書いた小説を見たいと言い出し、主人公は戸惑いながらも作品を見せることを決意する。創作に対する希望が芽生え、彼女に捧げる特別な夏が始まる。
二幕三場の最初の課題
最初の課題は、少女の出すお題に従い、ショートストーリーを積み重ねていくこと。主人公は初めて人に自分の作品を見せ、成長の糧を得る。
四場の重い課題
しかし、他の高校生の作品と比較して自己の未熟さに絶望感を味わい、創作への自信を失いかける大きな試練が訪れる。
五場の状況の再整備、転換点
そんなとき、喫茶店の店主・雪乃さんから励ましを受け、自身の努力の価値と向き合い直す。気持ちを新たにして再起を図る。
六場の最大の課題
最大の課題は、受験生となり創作活動と学業の両立という過酷な試練に挑むこと。創作の継続と志望校合格の狭間で心を揺らしながらも奮闘する。
三幕七場の最後の課題、ドンデン返し
創作の成果を少女に見せるも、彼女は別の作家の作品を選び、主人公は挫折と絶望を味わう。しかし、雪乃さんからの言葉で希望を保つ。
八場の結末、エピローグ
数年後、大学生となった主人公が再び喫茶店を訪れると、少女は高校生限定の存在であったことを知る。新たな後輩への創作指導兼アルバイト生活を始め、過去の夏を胸に新たな未来を歩みだす。
高二の夏に「君って小説書いているんだぁ」というセリフから始まる謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どのように関わり、どんな結末に向かっていくのか興味が湧く。
近景「へぇ~、君って小説書いているんだぁ」会話という具体的な出来事からはじまり、遠景「「それは、高二の夏のことだった」時間的枠組みと、物語の背景が示される。場面の区切りと回想の始まりを記号で示したあと、心情「僕は弱い~まぁ、とにかく僕は弱いのだ」主人公の内面描写、抽象的感情的な部分が描かれている。
近景「はい、じゃあこれにて解散」クラス内での具体的行動、セリフによる場面描写が再開され、「その言葉で散り散りになっていくクラスメイトたちの行き先は様々だ~アルバイトができるほどの世渡り能力もない」近景+わずかな心情で、周囲の描写を通して自分を客観視している。
近景「そんなことをボーっと考えていたら~蛍光灯の電源も落とされてしまっている」教室内の情景、時間経過の描写。「しょうがないから、行くかぁ」近景+心情による行動と心の声が重なる。
書き出し全体の流れは、「セリフ(現場)」で読者を引き込む(近景)→「あの夏」という舞台設定を示す(遠景)→「僕は弱い」で一気に心の内に入る(心情)→「教室」へと戻り、現実の場面を描く(近景+心情)という流れで構成されている。感情の起点となる心情を早めに書いてから、場面描写に戻すので思索的で静かな表現を維持して物語がはじまっていく。
「部活動はこの前やめた。アルバイトができるほどの世渡り能力もない」社会的不器用さを素直に描き、居場所のなさと孤独感が伝わり可哀想に感じる。多くの高校生が感じる行き場のない時間が共感を呼ぶ。
「しょうがないから、行くかぁ」自分でも情けなさを分かっていながら、それでも日常を続けようとするリアルな無気力感。強がりや自嘲を混ぜる語り口が、生きてる人間味を醸し出している。
「そしてそこに一字、また一字と文字を紡いでいくことこそが僕の唯一の癒しタイムなのだ」「好きなことに没頭できる誠実さ」「創作への純粋な情熱」という輝きを持つ描写から、誰もが望む資質を感じる。読者はこの“まっすぐさに惹かれ、応援したくなる。
これらに共感して、読み進めていく。とくに読者が主人公と同じ高校生で、お話を書く子で、カクヨム利用者ならば。より共感しやすいだろう。
毎年のようにカクヨム甲子園作品を読んで感想を書いている私としては、強く惹かれてしまう。
本作『夏の幻影』は、小説を書く孤独な戦いを、夏の熱気と冬の静けさのなかで描き出した、非常に心に響く物語。
一番の魅力は物語の構成にある。
主人公が才能の差に打ちのめされる現実を描きながらも、その悔しさをバネに成長し、最後には自分と同じ悩みを持つ少年を助ける側になる。この「努力・挫折・継承」というテーマが一貫しており、読後に「この物語を読んでよかった」と思わせる力強い希望があるところがよかった。
また、高校二年生~大学生までの成長譚を時系列で描き、「夏=創作」「冬=結果」「春=再生」という季節構成で貫いているのもいい。ドラマ性と象徴が自然に融合し、ラストに円環を描く構成が秀逸。季節の移ろいが作品テーマをより深めている。
「創作と青春の儚さ」「自己発見の苦悩と希望」が作品全体に一貫して表現されており、普遍的で共感を呼ぶ。主人公の等身大の内面と、少女という象徴的存在の対比が効果的。情緒豊かな心情移入を促している。
感情表現の繊細さもよく書けている。「かわいいと思ってしまった」「僕は弱い」など、自己分析の率直さが心を打つ。内面描写が豊かで、心の機微を丁寧に描かれている。
モチーフの一貫性。「夏」「喫茶店」「ブレンドコーヒー」「デジタルメモ」「白いワンピースの少女」などがくり返し登場し、作品全体が幻想的な統一感を持っている。
リズム感のある語り口と繊細な心理描写が作品世界に深く影響し、オノマトペや具体的描写の工夫が臨場感を添えている。比喩や象徴にも優れていて、特に「『物書きの青春』が実体化した存在」という表現は、物語全体のテーマを象徴的に美しくまとめているのも良かった
カクヨム甲子園を詳しく知らない第三者が読んでも、現代ファンタジー的に作品を楽しめるよう書かれている。
五感描写は、視覚と嗅覚を中心に物語の温度や静寂を伝える形で書かれている。
視覚では、「真っ赤な空を見上げながらトボトボと歩いている」「白銀の雪世界のような真っ白なワンピース」など。色彩を使った季節感や人物描写が豊か。印象派絵画のような叙情性がある。
聴覚では、「カランカランと入り口のドアが開いた」「ジャズの音楽」「カフェの音楽をバックに」など。音が場面転換や情緒の切り替えに使われ、読者に「音のある情景」を想起させている。
触覚では、「汗が滝のように流れている」「デジタルメモを開くと、真っ白で明るい光」雪や寒さ、コーヒーカップの温もりなど。身体的な感覚描写が感情の生々しさを支えている。
嗅覚では、「コーヒーの香りが鼻をくすぐる」喫茶店という空間をリアルに感じさせる重要な描写。安心感や懐かしさが漂う。
味覚では、「レモンティーをフーフーと息を吹きかけてから飲んでいた」やコーヒー。温度や香りある描写が穏やかな時間の象徴として機能している。
主人公の弱みは、自己肯定感の低さ。「僕は弱い」からはじまり、常に他者の基準で自分を測る。明確な自信のなさと、弱さを受け入れられない心の不安。自己否定が強く、新しい挑戦に踏み出すことをためらう。他者依存も見られ、創作動機が「少女に認められたいから」であり、内発的動機の薄さが痛々しくもリアル。感情の未熟さとして、一目惚れや嫉妬、自己卑下など、思春期特有のゆらぎが強く、彼の「人間的な弱さ」を際立たせている。この弱さが物語の核であり、終盤に「呪われてよかった」と昇華されている。
水増し表現「そして、という、ような、みたい、そんな」といった水増し表現や、こそあど言葉の指示代名詞が多く用いられている。ここぞというところ以外は削るか、別の表現に置き換えることで切れ味の良い、伝わりやすい文章となるだろう。
書き方はライト文芸の王道に非常に近く、非常に良い。ライト文芸は、キャラクターの魅力と、日常の延長線上にある深い悩みや情緒のバランスが重要。本作はそのバランスをうまく取れている。
読者が「そこに行ってみたい」と思える固定の舞台として、「喫茶かすみ」という場所が、主人公の隠れ家であり、不思議な少女との接点になっている構成は非常に適していた。
主人公の「等身大の悩み」への共感もよく書かれていて、自分は弱いという自認や、何者でもない焦りは、主要読者層である中高生から二十代に強く刺さる。派手な魔法やバトルはなく、「書くこと」で自分を証明しようとする地味な戦いを選んでいる点が、かえってリアルな情緒を生んでいるのもよかった。
「日常×非日常」のさじ加減として、少女が「物書きの青春の幻影」であるファンタジー要素を、現実の大学受験やSNSへの投稿という、地に足のついた日常と交差させている。この「ありそうな不思議さ」が本作の醍醐味といえる。
作品としては面白かったが読み応えあるエンタメ作品にできると思い、本作の良さを活かしつつ、さらに引き上げる工夫を考えてみた。
一つは、冒頭のフックを強く、中盤のテンポを速くしてはどうだろう。
第一話の書き出しは、読者が一瞬で普通ではないことが起きたと感じるように工夫してみる。たとえば、少女が現れた瞬間に喫茶店内の話し声がパッと消えるような、非日常的な演出を加えてみる。これにより読者の興味を瞬時につかむことができる。 また、第二話から第四話あたりは、似たような会話や執筆シーンが続いていて少し長く感じる。物語のポイントを短くまとめ、場面展開を早めることで、クライマックスへ向かう勢いをつけるとテンポも良くなると考える。
二つ目として、五感描写を小道具として活用してはどうだろう。現在の五感描写は状況説明としては十分だけれども、記憶に残るシーンにするには、特定の音や匂いを主人公の感情とリンクさせると深みが出てくる。
たとえば、少女が現れるときはいつも「ミントのような冷たい匂いがした」とか、雪乃さんがコーヒーを淹れる「トクトクという音」が、どん底の主人公の心を繋ぎ止めるみたいな、特定の感覚を物語の場面として描き加えるのもいいと想像する。
また、心の声と地の文の使い分けに工夫をこらしてみるのはどうだろう。本作は一人称、僕の視点で書かれている。ライト文芸では、主人公の独白(心の声)が多すぎると物語のテンポが落ちることがある。
たとえば、「悔しかった」と心で叫ぶ描写を少し削り、代わりに「握りしめたデジタルメモの角が手のひらに食い込んで痛かった」「指先が冷たくなり、飲んでいたコーヒーが泥のような味に変わった」といった具合に、主人公の動きや行動で示し、感触の描写に変えてはどうだろう。心理描写と行動のバランスを整え、「怖くて震える」のを「震えながらも拳を握りしめる」と書き換えるだけで、主人公の意志がより強く伝わる。あえて全てを語りすぎない「余白」を作ることで、読者の想像力が働き、物語への没入感はもっと深くなる。
嬉しい、楽しい、悲しい、など形容詞はデコレーションなので、クリームたっぷりのケーキはわかりやすい味で美味しいかもしれないけれども、どのように嬉しいのか、楽しいのか、悲しいのか、伝わりやすくする工夫をするために読み手を意識することがもう少しできそうに思えます。
三つ目は、会話文にキャラクターの癖をもう少し出してもいいかもしれない。
少女の台詞には「見てみて! この小説!」「今度ね~、この子とデートすることにしたんだ~」といった独特な言い回しや表現はあるけれども、更にもう少し、「謎めいたキーワード」を混ぜると、より魅力的なキャラクターになるのではと考える。
彼女が去り際に必ず言う決まり文句があったり、独特の比喩表現、たとえば文章を「心の足跡」と呼ぶなど、なにかしら作ってみる。そうした工夫をすることで、読者は彼女を、より「幻影」として強く意識するようになるのではと想像する。
さらに、キャラクターを深掘りし、タイトルと結びつけてはどうだろう。
店主の雪乃さんには、優しいだけでなく、かつての経験からくる「厳しい一言」を言わせることで、師匠のような深みを出してほしい。また、少女についても、なぜ高校生の小説を集めているのか、その理由を少しだけ台詞に滲ませる。 そうすることで、ラストシーンにおいて「夏の幻影とは、あの日追いかけた少女であり、二度と戻らない青春そのものである」というメッセージがはっきり伝わり、タイトルの余韻が読後、読者に何倍にも膨らむはず。
ラストの少年との交流シーンも、今の温かさを大切にしながら、より短い言葉でギュッと凝縮してまとめるといい。余計な言葉を削ることで、静かに物語が終わる美しさが際立つのではと邪推する。
現在の読みやすさを活かしつつ、説明を感覚に変えて情報の密度を上げることができれば、唯一無二の傑作になるかもしれない。あなたの持つ素晴らしい構成力に、鋭い描写が加わることを心から期待している。
読後、改めてタイトルを見直してみる。
毎年、カクヨム甲子園の応募作をたくさん読んできました。そのたびに、作品の向こうにいる作者の姿を思い浮かべながら感想を書いています。高校生たちの熱い情熱をもっと知りたくて、インターハイや高校野球、駅伝、Nコン、ロボコン、クイズ大会、料理コンテスト、華道展など、さまざまな大会を見てきました。
しかし、膨大な数の作品と向き合う日々は、どこかすれ違いの連続でもありました。同じ作者の新作に驚かされたり、時にはコメントを通じてささやかな交流が生まれたり。最近でこそ対話の機会が増えましたが、以前は自分の言葉がどう受け止められているのかさえ分からず、暗中模索の状態が続いていました。
もともと、活字が読めなくなった時期に「高校生の情熱から元気を分けてもらおう」と始めた感想書きです。初期は誤字脱字など拙い部分を指摘してしまい、不本意に作者を傷つけてしまったこともありました。それ以降は、良いところを見つけて褒め、さらに磨くための提案を添えるようにしています。分析や批評と呼ぶ方もいますが、私にとってはそれが精一杯の「感想」なのです。
本作は、おそらくそんな私自身の姿を題材にされたのではないかと感じました。「こんなふうに思われていたのか」と苦笑しながら読み進めるうちに、どこか申し訳ないような、こそばゆい気持ちでいっぱいになったのです。もっと良くするための技術的な助言はいくらでもできるかもしれません。しかし、私の指摘どおりに直してしまえば、それはもう作者自身の作品ではなくなってしまいます。それとなく促しながら褒め、限られた時間の中で一作でも多くの作品を読み、言葉を贈ること。それが今の私にできる精一杯です。私の感想は、決して受賞を約束する免罪符ではありません。
それでも、本作を誰よりも楽しみ、深く思考を巡らせることができた読者は、間違いなく私でしょう。カクヨム甲子園の延長として作品を選んでいても、私情を挟むことはできません。けれども本作には、参加したすべての高校生たちの想いが宿っていると感じました。
確かな熱量に対し、私個人として「特別賞」を贈りたい旨を運営に相談し、快く認めていただきました。私個人からの賞ですので、賞金はありません。
カクヨム甲子園の旅は三年間で終わります。でも、創作の旅は続くのです。世の中には、たくさんの小説新人賞があります。
創作の道は時に孤独で、正解のない迷路のようなものです。それでもなお書き続ける皆様の背中を、ほんの少しでも押せたならこれ以上の喜びはありません。夏の幻影を追いかけ続けた一人の物書きの物語に、心からの感謝を込めて。
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