もう一歩とした作品

最終選考作品


◆不完全な僕ら(kanimaru。)

https://kakuyomu.jp/works/16818622172541235603

 障害を抱える視点から描かれる心の痛みや嫉妬、戦う意味が鮮烈に胸に残った。孝一の繊細な心理描写は怒りや希望などの感情が行動と自然に結びつき、彼の息遣いまでも感じ取れるほど現実的な人物像を作り出している。社会的偏見や劣等感に苦しみながらもスポーツと人との繋がりを通じて自己肯定へと向かう姿に強い共感を覚えた。一部で説明や描写の重複があり導入部の掴みに甘さも残るが、誠実なテーマと情熱が心を震わす力作だ。

 個人的には推したいが、もう少し冒頭やテンポ面などの細部の整理は必要に感じた。それでもテーマ性や人物の深み、独自性を備えた完成度は高く、現代社会の理解を促す文学作品として優れている。純文学系新人賞(特に文藝・群像)、あるいは講談社の児童文学新人賞が向いているかもしれない。


◆会津稔を殺したのは私です(天野純一)

https://kakuyomu.jp/works/7667601419899672674

 昭和の社会派ミステリーを書きたい作者の強い意欲を感じた。一九六九年の激動期を背景に、家庭内暴力や児童虐待、法の理不尽さを通して「普通」とは何かを問う。現代にも通じる深いテーマで、多様化した社会を考えさせられる。ミステリー構成や動機、人物心理も深く楽しめる本格派。時代背景が生活や風俗にもう少し反映されれば共感と没入感が増しただろう。最後まで魅力を失わず重いテーマと謎解きを描きった作品に魅了された。

 もう少し上に選んでも良いと思いつつ、選考の兼ね合いで外すしかなかった。

 今の時代に起きている虐待や家族崩壊といった深刻な社会問題とも鋭く反映し、共感と問題意識を促す意味においても意義は高い。二時間サスペンスを読んでいる感覚は非常に良かっただけに、一九六九年の空気感をぜひ補ってほしい。


◆きみの神話を見ていた(千桐加蓮)

https://kakuyomu.jp/works/822139839158642317

 アイドル西尾藍沙が期待と本当の姿との間で葛藤し、親戚の白川純二と心を通わせながら自分を見出していく物語。繊細な心理描写と五感に訴える情景が孤独や重圧をリアルに描かれ、心理的深みがあった。冒頭の引き込みや山場の盛り上がりに弱さがあるものの、文章は安定していて心理描写に厚みがある。設定やキャラクターの独自性は控えめながら、若年層の共感が呼べる繊細な人間ドラマとして秀でた作品だった。

 書き出し数行のフックはそれなりに良く、前半は描写が強いほどよく書けている。中盤以降のモノローグに間延び感があり山場が弱い。語り中心だと展開が進まないと受け取られやすいので、独白だけでなく行動や動きで心理を示してはどうだろう。恋愛より師弟愛にすると受け入れられやすいのではと考える。


◆先輩、雪は融けました。火傷の痕が綺麗です。(冷田かるぼ)

https://kakuyomu.jp/works/822139839264643201

 思春期の心情を繊細に描写し、火傷の痕やラベンダーの香りなど感覚的表現が豊か。恋の痛みを比喩的にケロイドと表した点が秀逸で、挿入される作中作「卑屈の埋葬譚」が奥行きを与えている。後半の独白部分は密度が高くやや重たく感じられるが、瑞々しい感性と情緒表現の豊かさ、思春期の持つ痛みや葛藤を正直に深く掘り下げた文章力は素晴らしい。痛みを美学にまで昇華し、他者と生きる困難さを誠実に描いている作品だ。

 カクヨム甲子園に出されていた作品をブラッシュアップされている。個人的には懐かしく、読み応えがある加筆が見られた。ただ、過剰な形容詞や曖昧な感情詞は意味がぼやけやすく、感情表現がくり返される箇所は長文になりやすい。状況にあった客観的で鮮明な語彙に置き換えたり類似した描写や感情語を省略したり凝縮するとリズムが整う。主語の省略が多い部分は読みづらくなるので、判別しやすく表記されるとよかった。


◆転入生は死神でした。(月瀬ゆい)

https://kakuyomu.jp/works/16818622175892494060

 死神や天使などを背景にしながら、中高生が共感しやすい推しキャラへの思いを丁寧に描きつつ、主人公の心情や生き生きとした人間ドラマ、初恋や命の選択などの心理描写に重きを置いているため、等身大の人物像と感情の揺れ動きを中心に据えた読み応えある質の高いエンタメである。設定説明の冗長さやテンポに惜しい点はあるものの、魅力的なキャラクター設定と独特な世界観が興味を引きつける非常に面白い作品だ。

 作者が中学生だからか、キャラの良さとリアル感がすごく良かった。

 長文でやや情報量が多く説明的部分が長く感じるので、一部設定や展開が難しいところはもう少し簡潔に整理して、重要なポイントを絞ると伝わりやすくなる。キャラの心情変化が自然に感じられづらいところは、バランスを調整すると良くなるだろう。


◆ニセモノの愛はAI《アイ》ではない(色葉充音)

https://kakuyomu.jp/works/822139836691336620

 AIoidという独自の存在を軸に人間らしさや愛の本質を深く掘り下げた力作。心理描写が繊細で登場人物の感情が丁寧に描かれている点が魅力的で、物語に引き込まれる。ただ映像的情景描写や感情の盛り上げが控えめなため、没入感をさらに高める描写を期待したい。AIでも人間でもない「愛」の葛藤が胸に響き、ジワジワと感動が込み上げてくる。博士との温かな交流は秀逸で、読後に不思議な温かさが余韻として心に残った。

 SFらしく、面白みがあった。主人公が人ではないためか状況描写の映像的具体性がやや弱く、五感に訴える描写が控えめで没入感が限定的になってしまうところが惜しい。物語の起伏を意識した緩急のつけ具合も難しいのかもしれない。山場では感情の盛り上げがもう少し鮮明になると、感動もより強まるのではと思った。




二次止まり


◆【読むな】定食屋「どうかいじょう」の個人的考察(流山忠勝)

https://kakuyomu.jp/works/16818792437085946480

 断片の洪水が心地よいほど不気味で、読後じんわり胸の奥が熱くなる傑作。善意が飢えを埋めるために怪異を喰らわせる構図が、土着信仰と戦後飢餓の記憶を重ね、息を詰まらせる。情報過多で恐怖が散りそうになるが、真実が飲み込めない感覚を生み、緊張を持続させる演出が巧い。救いも赦しもないまま祈りと呪いが循環する結末に背筋が凍る。倫理の境界を食い破る静かな狂気は現代怪談の到達点。圧倒的な力作だった。


◆光合成少女(kanimaru。)

https://kakuyomu.jp/works/16818093078038637111

 頭に双葉が生えるという独創的な設定に驚かされた。主人公の内面や葛藤を象徴的に彩り、深いメッセージを感じた。草野芽生の発達障害を抱えながら友情や愛情を育んでいく姿に心を打たれた。進藤優成との繊細な関係性や孤独感もリアルで感情の揺れ動きや心理描写が丁寧に書かれているところも見返したくなる魅力がある。後半、同様の心情描写のくり返しや説明を緩和されればより引き締まるだろう。読後ほろりとして心に残る美しい物語だ。


◆青に満たない青が満ちる(音夢音夢)

https://kakuyomu.jp/works/822139838914164294

 現代の若者が抱える孤独や自己否定を繊細に描いている点が興味深かった。大学生の湊都凛が心身の不調やトラウマを抱えながらアパートの隣人たちとの会話や小さな優しさに支えられ、他者とのつながる大切さを教えてくれるところがよかった。日常とリアルな心理描写に惹きつけられる。冒頭のつかみや山場の視覚化をするのが望ましい。派手さのない日常の中に登場人物たちのリアルな感情や葛藤、勇気と希望が静かに沁みる作品だ。


◆七月十九日より(しがない)

https://kakuyomu.jp/works/16818792438696313522

 月行病を軸に高校生の芥生結と白野四季の深い心理的葛藤と青春の光と影を繊細に描写した意欲作。芥生の死への恐怖と抗おうとする少年の想いが絡み合い、日常に潜むドラマを説得力を持って描き切った独自の世界観が強く印象に残った。情感豊かな心理描写が最大の魅力だが長文や重複表現が文章がくどくテンポを損ねている。山場が控えめでドラマ性を高める改善も望まれる。独自性とテーマを活かして磨けば、より強く輝くだろう。


◆永遠ノ春ノモトデ(しがない)

https://kakuyomu.jp/works/16818792438695061790

 高校ループの中で後悔と向き合い続けた蓮見の内面が深く描かれている。心理描写の鋭さと時間の重さが静かに積み重なり歪んだ青春を肯定するまでの過程に胸を締めつけられた。冒頭と中盤の説明は少し長く感じるが屋上での抱擁と最後の桜の下の別れで感情が一気に溢れ、読後に言葉を失うほどの余韻を残す。自己犠牲の結末も派手さはなく、ひたすらに重い。言葉を飾らず感情を押しつけず、それでいて確実に心を掴む筆力に満ちた一作。

 多用されている水増し表現や指示代名詞を削るが具体的なものに置き換えてほしい。強調のくり返し表現が埋没して重複っぽく思える。応募されている他の作品も同様で、推敲すればより良くなると感じた。


◆空白はエンドロールのままで(あーる)

https://kakuyomu.jp/works/822139839256501192

 佐伯蓮と柊雪乃の心の動きと葛藤を丁寧に描いた青春物語。才能と孤独、再生のテーマが胸を打つ。心理描写や五感を活かした情景描写に現実味があり、成長を深く掘り下げる純文学的魅力がある。視点切り替えは効果的だが主語の明示が足らずやや読みづらい。恋愛要素や青春の軽やかさ、曖昧な解決策などに工夫されると幅広い層に響きやすくなるだろう。人とのつながりや正直に気持ちを伝える大切さを教える点がよかった。


◆空への助走(佐藤大翔)

https://kakuyomu.jp/works/822139837961513463

 充実した心理描写と走幅跳の技術的ディティールや試合の臨場感、記録「なし」から自己ベスト更新までの成長過程がスポーツドラマとして現実味があり魅力的。内面描写の比重から競技や部活現場の様子や流れが見えづらく状況描写と心理描写のバランス改善が望まれるが、青春スポーツ小説のポテンシャルは非常に高い。憧れから努力し続ける姿を丁寧に掘り下げ、作品に対する強い思いと作者独自の視点が各所に感じられる力作だった。

 陸上をしている主人公の心情は良く書けていていいのだけれども、読者としては状況が見えづらかった。


◆太陽の眠る丘(雨森透)

https://kakuyomu.jp/works/16818093085205898612

「向日葵畑の愛を捥ぐ」を力強くブラッシュアップし、登場人物の深い感情と葛藤、音楽と喪失のテーマを鮮烈に描いている。亡きピアニスト樋谷知帆の模倣品であるシンシアが存在意義を模索しながら成長と孤独を乗り越えていく姿は共感しやすい。向日葵が象徴として心に強く突き刺さる。ただ序盤のフック不足と文章の密度や情報過多で回想と現在の切り替えの曖昧さを改善してほしい。とはいえ、進むにつれて情熱や切なさを感じる作品だ。

 カクヨム甲子園のときに読んだ作品に加筆されていて、懐かしく感じた。


◆不登校の私がプリントを届けに来る学級委員に手玉に取られるはずがない(川野マグロ(マグローK))

https://kakuyomu.jp/works/822139838239864728

 惜しいほど上手い。不登校少女と学級委員の触れ合うことの痛みと温もりを丁寧に描いた点がいい。息づかいの如く感情の微細な動きをすくい取る筆致が美しく、孤独と再生を描いた構成に確かな力量を感じるが、起伏が小さく心理の流れがやや単調、受け身で動きの少なさが息苦しさにつながっているため読後の熱量が足らず、不登校の理由もわからない。それでも言葉選びに感性と優しさがある。あと一歩、心を揺らす決断場面が欲しかった。


◆夜明けに、君を手放す(光野凜)

https://kakuyomu.jp/works/822139839267707432

 孤独な陽葵が事故で亡くなった蒼太の幽霊と交流して成長する物語。死別や未練という普遍的なテーマを繊細に描き、構成も安定している。ただ冒頭のフックが弱く、蒼太以外の人物が浅いため厚みに欠け、感情表現の過剰さが没入を妨げている。冒頭の印象強化と脇役の深み、表現の抑制が望まれる。陽葵と蒼太の心の距離が少しずつ近づいていく描写には真実味があって感情を揺さぶられた。人の痛みと再生を誠実に描く姿勢に将来性を感じた。


◆生意気な後輩をデレデレになるまで甘やかしてみた(マホロバ)

https://kakuyomu.jp/works/16817330667726547529

 平凡な先輩と生意気な後輩との丁々発止がテンポよく、情感の自然さに惹きつけられた。偶然手にした本をきっかけに甘やかす実験から恋心が芽生えていく展開は軽妙で読みやすく王道ながら温かい余韻が残る。やり取りが生き生きして日常描写はユーモアなので、主人公の心が揺れる描写やナンパ撃退後の静かな余白、文体調整をすれば完成度は上がるだろう。甘やかす側と甘やかされる側が入れ替わる青春ラブコメとして面白かった。




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