第27話 屋台
「お兄様、地下水路に行きましょう!」
稼げるうちに荒稼ぎしたい。わたしのそんな気持ちを読み取ったのか、ため息をついたお兄様が用意を始めてくれた。
「ユーリア。私もそこまで暇じゃない」
「じゃあ、一人で!」
わたしが顔を輝かせてそう言うと、頭を叩かれた。
「一人で行かせるわけないだろう」
そう言って、お兄様が用意した装備を放り投げてくる。
「着替えてこい」
お兄様にそう言われ、わたくしは装備を手に部屋へと走った。お兄様の“屋敷の中を走るんじゃない”という叫び声が聞こえた気がした。
用意を終えて、お兄様のことを部屋で待っていると、ばあやに叱られた。普通、令嬢が屋敷の中を走り回ったりしない、基本的に部屋で大人しく過ごすものだ、以下略。わたし、令嬢として養女となったんじゃなくて、忍びになるために養女になったから問題ないんじゃないかと思いつつ、反論したらお説教が長引くとわかっているから、神妙な面持ちで頷くことにした。……ため息をついていたばあやにはお見通しな気もするけど。
「ユーリア。行くぞ」
装備に着替えたお兄様が来た。隙間からお兄様の格好を見たばあやがニヤッと笑ってわたしに耳打ちした。
「お嬢様! お揃いじゃないですか!」
お兄様の装備とわたしの装備は確かにお揃いだ。お兄様が新しい装備を準備するのに、自分がいいと思った装備を準備しただけだろう。なんで周囲はそんなに色恋沙汰にしたいのかわからない。この世界では娯楽がそれくらいしかないからか? お兄様もいい迷惑だろう。そう思って、わたしはお兄様のもとに駆け出した。そういえば、痘痕の認識阻害はこの家に着いた時から外している。仮面をつけているし、問題ないだろう。髪の色は勇気が出なくて認識阻害したままだ。……ここでも色なしと言われ、追い出されたら……。
「ユーリア。今日は、大きい妖を中心に回って、連携を確認しよう。狼、熊、猪あたりと戦おう」
「わかりました」
お兄様と一緒に屋敷を出て、地下水路の入り口————
「……いい匂い」
長の屋敷で暮らし始めてから、わたしの食事は兵糧丸から一般的なものへと変わった。味がある。苦くない。それだけでも衝撃だったのに、美味しい。それはわたしの人生に革命をもたらせた。それまでは森の果実くらいがご馳走だったのに、あんな美味しいものがこの世界にあるなんて……。そう思ったら、それまで気にならなかった屋台の香りが刺激的に感じるようになったのだ。
「……食べるか? そろそろ、固形物を食べてもいい頃だろう」
兵糧丸しか食べていなかったわたしのお腹の許容量はとても少なく、まだ食べられる種類は少ない。肉。いい匂いはするが、まだ食べたことのないものだ。
「串焼き一本」
「あれ? お兄様の分は?」
お兄様の注文に首を傾げると、お兄様が怖い顔をして言った。
「君はまだ、自分が食べられる量をわかっていないのか? 串焼き一本も食べたら消化不良を起こすぞ? 一口だけにしろ。残りは私がもらう」
そう言って、わたしに串焼きを差し出した。醤油というソースを使ったという串焼きは、攻撃的な香りが漂っている。じゅるり、思わずよだれが出そうになるのを飲み込んで、お兄様から串を受け取る。どうやって食べるんだろうと思いながらかぶりつく前に、お兄様に注意された。
「真ん中に串が刺さっている。口の中に刺さらないように、少しずつ食べなさい」
「……」
口を開いて、小さくかぶりつく。あまりにも美味しすぎて、わたしはお兄様と串焼きを見比べて小さく飛び跳ねた。
「……喉に詰まらないように、大人しく食べなさい」
そう注意され、わたしはもう一口小さく齧る。飲み込んでしまうのが勿体無い。噛むことになれていないわたしには、串焼きの肉は固いが、この固さ、噛んでも噛んでもなくならない至福、たまらない。肉一切れ分まで食べ切ったところで、お兄様に取り上げられた。
「そろそろやめておけ。あとでお腹が痛くなるぞ」
「……また、食べられますか?」
「……あぁ。またいつでも買ってやるから、少しずつ食べられる量を増やせ」
そう言って、いつの間にか水の魔術で濡らした手巾を取り出し、わたしの口周りを拭いた。そして、串焼きを齧る。……前世女王でそれなりに綺麗に食べることに慣れていたわたしから見ても、お兄様の食べ方って綺麗なんだよね……。串焼きですら美しく食べる。お兄様って一体何者なんだろう。そんなことを思いながら、お兄様が食べるのを見ていたら、嫌そうな顔をしてこっちを向いた。
「……あまり見られると食べ辛い。そんな物欲しそうな目で見るな」
「物欲しそうって! 単に食べ方綺麗だなと思って見ていただけです」
わたしの反論を聞いたお兄様は最後の一口を一気に食べ切って、串を捨てた。手巾で手を拭き、ごくりと飲み込んで歩き始めた。
「ほら、いくぞ。地下水路に行きたいと言ったのは、誰だ?」
「はぁい!」
わたしはお兄様の後ろをついて地下水路に向かって歩き始めた。
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