第26話 買物

「ユーリア。買い出しに行くぞ」


 わたしの部屋を訪れたお兄様にそう言われて、わたしは首を傾げた。


「買い出しですか? なんの?」


 わたしの返答にぎょっと目を見開いたお兄様は、怖い顔をして言った。


「学院に入学するのだろう? その準備品だ!」


 お兄様との買い出しは、男女の距離として問題にならないか……不安に思いながら、わたしがばあやを振り返ると、仕方なさそうな顔をして頷いていた。許可が出たならと思って、いきますと返事をする。


「馬車を用意した。行くぞ」


「はい」


 了承して部屋を出ようとすると、ばあやに止められた。


「お嬢様。原則として男女二人で馬車に乗ることは、家族や婚約者のすることです」


「……ばあやも一緒ならいいの?」


 わたしが首を傾げていると、お兄様も首を傾げていた。お兄様側もその認識はなかったらしい。……お兄様もわたしと同様にそういうマナーにそこまで詳しくなさそうなんだよね。


「……仕方ありません。婆も一緒に参ります。準備するのでお待ちくださいませ」


 ばあやはそう返答して、わたしとお兄様を部屋の外に追い出した。部屋の扉すぐに衝立があるため、お兄様はばあやの素顔を見られないようになっている。ばあやが服を着替え、頭からかぶる布を身につけ、部屋から出てきた。帽子のようなものにだらりと足元まで垂れる布。歩きにくくないのかと思いながら、馬車に乗る。ばあやも馬車から降りて買い物に付き合ってくれるらしい。


「ばあやと外に出るのは、初めてね!」


 わたしがそう言うと、笑顔を浮かべたばあやがすぐに怖い顔をして言った。


「そうですね……。ってお嬢様? 普通のご令嬢は買い物なんていきませんからね!? お嬢様が学院に通うから特別なんですよ?」


 そう言いながら、馬車の中から外を物珍しそうにキョロキョロと見るばあやが愛らしく、わたしは思わず笑ってしまった。



「今日買うものとしては、教科書と文具、制服と戦闘着、講義で使う魔術具各種だ。魔術具は私が用意するから、ユーリアと乳母は制服のための採寸をしていてくれ。終わり次第、迎えにいくから店から動かないように」


「はぁい」

「承知いたしました」


 ばあやと揃って頷いたのを見て、馬車が止まった。先に降りたお兄様に手を差し出され、馬車を降りる。もちろん、ばあやもお兄様の手を掴んで降り、制服の店を見た。


「ここは……?」


 見たことのない店にわたしが目を瞬いていると、お兄様が説明してくれた。


「学院のすぐ北にある、学生のための学生街のようなものだ。学院マーケットと呼ばれている。……約束したイカルガだ。彼女の採寸を頼む。付き添いに一人残す。私は他のものを買いに行くから、頼んだ」


 お兄様がそう言って店を出た。お兄様の後ろ姿を見送り、店員さんに連れられて採寸するための部屋に連れて行かれた。服は長がわたしとばあやの分の新しいものを準備してくれているし、湯浴みもさせてもらったから、この店でも浮かないだろう。


「あのイカルガ様が女性をお連れになるなんて、わたくしたちも驚きましたわ」


 そう言いながら、店員さんたちがお兄様の武勇伝を教えてくれた。お兄様は学院一モテるらしい。モテすぎてファンクラブなるものもあるらしい。お兄様が走ると歓声が飛び、飛ぶと失神する女生徒が出るらしい……。なにその恐ろしいモテ男。話半分で聞いていると、店員さんに顔を近づけられて忠告された。


「お客様もお気をつけくださいね? 今日、学院マーケットにこうやって一緒に来たってことは……恋人同士なんでしょう? 嫉妬されて殺されないように」


 物騒なことを言う店員さんに、必死に否定した。


「違います! お兄様は師匠兼保護者のような方で、わたしの恋人じゃありません! 歳の差もありますし!」


「あなた、新一年生でしょう? イカルガファンクラブには、すでに新一年生も加入しているし、歳の差も五歳くらいじゃない? 全然恋愛できる年齢じゃない!」


 ねー、と盛り上がる店員さんに問われる。


「今は師弟関係でも、わからないじゃない? あなた、好みの男性は年上? 年下?」


 そう問われて、少し悩む。


「どちらかといえば、年上でしょうか?」


 きゃー、と盛り上がる店員さん達に困って、ばあやを見ると、それ見たものかと言わんばかりの視線を送られた。師弟関係なんです! それ以上でもそれ以下でもありません!



 どっと疲れが溜まった頃に採寸は終わり、お兄様が店の前に迎えに来た。


「……お兄様っておモテになるんですね」


「……唐突になんだ? 次にいくぞ」


 そう言われて、お兄様の横を歩いて書店へと向かう。店員さんに言われたせいか、お兄様と歩いていると視線をすごく感じる気がする。気のせいか? いや、気のせいじゃない……。わたしの学院生活に早くも暗雲が立ちこめた、そんな気がした。



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