第28話 稼業
「お兄様! 狼の妖です!」
「わかっているから、もう少し静かにしろ。奇襲がかけられぬ」
妖の種類がわかってきたわたしが、お兄様の袖を引っ張って言うと、注意された。確かに奇襲ほど効率のいい作戦はない。そう思っていると、一瞬顎に手を当て何かを考えていたお兄様が、わたしに言った。
「……ユーリアも奇襲に慣れてきたし、そろそろ忍びらしい戦いをしてみるか」
そう言って、胸元からなにか黒い球のようなものを取り出した。
「なんですか? それ」
「魔術具だ。相手の近くに投げると、煙が出る。といっても、煙として探知できるのは、我々忍びだけだ。相手にとっては、突然飛んできた丸い球に気を取られていると、眠くなったり、苦しくなったりする。……飛んできた場合は息を止めてできる限り早くその場を離れるんだ」
そう言ってお兄様が投げた。すると、狼の妖は突然倒れ、いびきをあげて眠り始めた。
「……ユーリア。風を起こせるか? こちらから奥に向かって、だ」
「はい」
お兄様に言われて魔術を展開する。風を起こして煙を飛ばしてから、念のために口周りを布で覆って近づいた。そして、狼の妖を少しずつ解体する。
「ユーリア。この爪は武器になる。売らずに持っておくといい。そして、」
お兄様の解説に従って解体していく。最後に妖が消えて、わたしはふぅ、と息を吐いた。
「大きい妖相手だと、なかなか重労働ですよね」
「それはそうだが、金稼ぎには必要なことだ。最も効率的に稼ぐには、」
どっからどう見てもいい家生まれのお兄様に、地下水路での効率的な金稼ぎについて語られ、不思議な感情を抱きながら聞くことにした。お兄様も苦労人なのかもしれないと思いながら。
先ほど、煙を飛ばした方向から、突然妖の唸り声が聞こえた。慌てて二人で覗き込むと、姉妹のような二人がフラフラしながら構えている。妹はわたしと同じくらいに見える。姉は学院生なのだろう。制服を着ていた。
「お兄様……もしかして」
「いや。あれはもう無毒化される頃合いだが」
不思議そうにしているお兄様に、わたしは言う。
「でも、わたしたちのせいなら、助けないと!」
そう言ってわたしは駆ける。少女たちの前に立って、熊の妖との間に割り込む。突然現れたわたしに、少女たちの顔色が悪くなった。
「……ダメよ! 逃げて!? なんでこんなに小さい子が地下水路に!?」
わたしが魔力を集め、妖を打ち抜こうとしていると、お兄様が止めた。
「待て。素材が勿体無い。きちんと解体しろ」
「お兄様!?」
「「イカルガ様!?」」
わたしの声と学院に通っていそうな姉、そして妹の声がかぶる。
「なんで学院入学前っぽいのに、お兄様を知っているの?」
わたしが首を傾げると、姉の方が声を上げた。
「学院のアイドル! 孤高のイカルガ様! 学院入学予定の妹がいたら、布教するのが姉の勤めってものでしょう!?」
そうなの、と思ってお兄様を見ると、話なんて聞いていない。わたしに指示を飛ばす。
「ユーリア! 右に回れ。そして気を引いていろ」
「イカルガ様が女性の名前を呼んだ!?」
「お姉様。妹君なのでは?」
「イカルガ様に妹はいないという公式情報があるわ! この子は一体……?」
元気だなと思いながら、右に飛ぶ。わたしの動きに気を引かれている熊は、わたしが魔力を集めているのに集中している。後ろにあんなに怖そうな人がいるよ、と思いながらも、熊に気がつかせないのは、お兄様と熊の力量差が大きいからだろうか。
ドーン!
お兄様が躊躇なく熊に攻撃を当てた。尻尾、爪、目、毛皮、次々と破損させていった。ついでと言うように、姉の方に指示を飛ばした。
「お前、学院の生徒なのだろう? ユーリアの視界を塞げ」
「は、はい! イカルガ様!」
慌てたように駆けた女生徒に手を引かれ、わたしの視界は塞がれた。女生徒はお兄様が何をするのかわかったように、慌てて妹の視界も塞ぐ。
「え、お姉様?」
「な、なんですか?」
「あなたたちにはまだ刺激が強すぎるから、大人しく目を瞑っていなさい? 学院に入ったら、嫌と言うほど見れるから」
ザシュ、ザシュ、と、何かを割くような音が聞こえる。もういいわよ、と言われて目を開けると、返り血を浴びたお兄様が嬉しそうに笑っていた。
「お兄様……?」
「いい素材が入った」
そう笑うお兄様が、わたしに指示を出す。
「ユーリア。右斜め後方に蔓を出せ」
「え? ……弟子使いが荒いですよ」
お兄様に言われるがまま蔓を飛ばすと、物陰に隠れていた人間の男二人組が捕獲された。
「人!?」
わたしが慌てて拘束を解こうとすると、お兄様に静止された。
「これが彼女らに眠りの魔術をかけた犯人だ。私が魔術を失敗するはずがないだろう」
「え? どういうことですか?」
わたしが動揺していると、姉の方がポン、と手を打った。
「あ! 学院で生徒が消える事件!」
「……お前も事件を知っているのなら、危険な時期に危険な場に未就学の妹なんて連れてくるな」
「両親が留守にするの、今日しかなくって……」
「……」
言い訳する姉に冷たい視線を送ったお兄様がわたしに問う。
「こいつらのことはどうする? ユーリア。君はどうしたい?」
「……迷宮管理組合に突き出します」
「……どうせ、蜥蜴の尻尾きりだ。こいつらを突き出したところで実行犯の代わりはたくさんいるぞ」
「それでも、罪を償って欲しいから」
わたしがそう言うと、お兄様がめんどくさそうに蔦を引っ張った。ずっと嘆願を叫んでいた男二人が悲鳴をあげる。
「行くぞ、ユーリア」
「はい!」
わたしが慌ててお兄様の後ろをついていくと、後ろから声がかかった。
「あの!」
振り返ると、妹の方がわたしに声をかけてきた。
「あなたは……学院に通う予定ですか?」
「うん。そうだよ」
「名前を教えてください!」
「わたし? わたしはユーリア。ユーリア……。ユーリア・フージ!」
「長の家!?」
置いていくぞと言われ、慌ててわたしはお兄様を追いかける。
その後ろ姿に、大きな声がかかった。
「あの! イカルガ様! ユーリアさん!「ありがとうございました!」」
振り向きもせずに進んでいくお兄様の後ろを追いながら、わたしは二人に軽く手を振った。……名前、聞きそびれちゃったな。でも、また学院で会えるかな? 学院生活に少し楽しみができた日だった。
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