第20話 決意

「お嬢様! ご無事のお帰り、婆は嬉しく思いますよ」


 お兄様に送ってもらって、わたしが帰宅するとばあやが駆けてきて抱きしめてくれた。わたしの手の怪我を見て顔を顰め、わたしの怪我がそれだけだと理解すると安心したように笑う。ばあやの愛に嬉しく思いながら、お兄様との帰り道での会話を思い返す。


「長が君と面会したいと言っていた。君は約束通り武闘大会で優勝した。養女入りする決意はできたか?」


 ばあやはついてきてくれるのだろうか……。そう思いながら、わたしはいつも通り使用人として働き始めた。









「「「おかえりなさいませ」」」


 両親が帰宅し、弟を抱き上げる。


「今日の優勝、妾女だったな」


 お父様が弟を抱き上げながらそんなことを言った。


「えぇ。女なのに。仮面をしているとはいえ、人前に出るなんて恥ずかしい」


 お母様も顔を歪めてそう続ける様子を見て、わたしはなんともいえない気持ちになった。


「あれが男だったら、街の資産となったのに、惜しいな」


 笑い合いながら去っていく両親と弟を見て、わたしは再認識した。

 このままこの家にいても、この両親は絶対にわたしの学費を出してくれないし、わたしが学院の生徒になって活躍する未来はこない、と。頭では両親への見切りをつけたはずなのに、心の中の幼いわたしが必死に腕を伸ばしている。捨てないで、愛して、と。相反する感情に身が裂かれそうになった。


 そんなわたしの様子を横で見ていたばあやが、わたしの頭を撫でて耳元で囁いた。


「お嬢様。学院入学の際、女生徒は一人使用人を連れて行けるはずです。ぜひ、この婆に着いて行かせてください」


「……いいの? ばあや」


 にこりと笑ったばあやが、頷いた。


「婆の両親はもう亡くなっていて、婆にはお嬢様しかいないんですよ。おそばにいさせてくださいな」


 ばあやに抱きつき、わたしは両親たちを振り返った。あなたたちはもう、わたしの人生に必要ない。











「ユーリア。優勝おめでとう」


「ありがとうございます。長」


 長からの呼び出しを受けて、お兄様と一緒に長の屋敷に来た。とても大きくて、街の北の方にあって、街は北に行けば行くほど大きな家が多いということは、階級が上の者ほど北に暮らすのかと思いながら、長の前で頭を下げて控える。


「さて、ユーリアが学院に通うための方法は今、三つある」


 長はそう言って指を一つ折った。


「一つ。両親からの援助を受けて学院に進学する。生家の娘という地位を持ったまま学院に通える。しかし、ユーリアの家では望みは薄いじゃろう」


 長の言葉に頷き、次を待つ。


「次は、儂の養女となり、進学する。優秀なユーリアを我が家に迎え入れられることは儂としてもありがたい」


 そう優しく笑った長に頭を下げ、次を待つ。一つ目は絶望的だ。二つ目が有力だろう。


「最後に。学院の推薦じゃ。これはすでに承認されておる。ほれ、これが推薦状じゃ」


 そう言って長の差し出した書類を広げ、目を落とす。今までのお兄様との研究や武闘大会での評価……。お兄様がわたしのために動いてくれていたこと理解して、胸がじーんと暖かくなった。

 そんなわたしの表情を見ていた長が、息を一つ吐いてわたしに向き直った。


「ユーリア。家を出るつもりか?」


「はい。長。わたしが学院に行くためにはそれしかないと思っています。乳母もわたしに着いてきてくれると言っているので」


 わたしがそう笑うと、長が目を細めて言った。


「ユーリア。お前は理解しているのか? 乳母とお前で学院に通う。それはいい。じゃが、生活するには金がいる。自分で生きていくなら、どうやって金を稼ぐ?」



 正式な回答はまだ先でいいと家に返され、わたしは悩んだ。確かに、前世の女王、今、どちらも金を稼ぐということは不慣れだ。一体どうしたら稼ぐことができるのだろうか……強くなることしか考えていなかったわたしは、お兄様が心配して頭をこつくまで考え続けていたのだった。






「ってことなの。エイガなら二人分の生活資金を稼ぐ方法、どう考える? これから学院で暮らすことになるし、学院を抜け出して森に入って何か売りに行くってなかなか非現実的かなと思って。できれば、大人一人とわたしの生活分を大きく稼いでおくか、もしくは、継続的にお金が入る方法を考えたいんだよね」


 森に果実を拾いにきたついでにエイガに相談した。


「……事前に家から資金をもらって出て行ったら?」


 大きな家のお金持ちの生まれ育ちのエイガの案は役に立たないと、早々に見切りをつけることにした。そう思って荷物をまとめて帰ろうとすると、慌てたようにエイガが追加した。


「兄上が! 一時期小遣い稼ぎって言って、地下水路ってところに入っていたぞ!?」


「地下水路? 何それ?」


 わたしがそう聞いても、エイガも詳しくは知らないようで首を傾げていた。エイガの家のお兄様だ。大金を与えられているだろうに、さらに小遣いを稼ぐために動いた……。手がかりを得たような気がした。



 エイガにお礼を言って、街を駆け回ることにした。商人に金稼ぎの方法を相談したり、森で取った果実を売るついでに地下水路について情報を集めることにした。









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