第21話 相談

「ということで、エイガに教えてもらった地下水路ってところに妖がたくさん出てくる場所があって迷宮ダンジョンって言われているらしいの! わたしもそこそこ強いし、そこに入ってみようかなと思って」


 森で木の実を拾いながらわたしがそう言うと、エイガは思いっきり顔を顰めた。


「……悪いことは言わないから、イカルガ様に相談の上行動しろよ? 僕が情報源ってことは絶対バラすんなよ?」


 エイガにそう言われて、わたしは首を傾げた。


「なんでお兄様にそんなこと相談しないといけないの?」


「はぁ? ユーリアの保護者のような存在だろ? 報告・相談・連絡は必須だ。絶対に心配されるぞ?」


 エイガにそう言われて、わたしは顎に手を当てて考える。確かに上司への相談がなかったら問題だ。なら、お兄様への相談は避けられないか。









「お兄様。先日、長に言われたことを考えました」


 森での特訓はまだ続いている。推薦で学院に入るかもしれないのに、入ってみたら弟子が不出来だったという事態はお兄様のプライドも学院側も許さないらしい。鍛錬半分、研究半分になって、わたしの話をすごい勢いで書き留めるお兄様をみて、本当にわたしのためか疑問に思う。


「……学院に通う際の生活資金か。君の生活資金は私が」


「地下水路に潜ろうと思います!」


 お兄様にそう言うと、次の瞬間、頭を掴まれていた。


「君は阿呆か!? 地下水路なんてものは学院に通っている上級生たちがやっと入れるものだ。学院入学前の君が、なぜ許されると思っている!?」


「き、気安く触れないでください!」


 頭をぐりぐりされながらわたしは暴れる。なかなかお兄様に反撃が入らない。悔しい。そこでわたしはふと首を傾げた。


「でも、自分で稼ぐ方法ってそれしか思いつかないんです。それに、学院の生徒たちとわたし、どっちが強いですか?」


 そう首を傾げると、ため息をついたお兄様に解放され、代わりに肩に手を置いて目線を合わせて語られた。


「……君をここまで強くしすぎた責任の一端は感じている。仕方ないから、特例として私の同伴があれば地下水路への立ち入りを許可しよう」


「……え」


 わたしが嫌な声を出すと、お兄様に睨みつけられた。


「撤回をご希望か?」


「い、いえ! でも、お兄様が地下水路に一緒に行っても、特に得なんてありませんよね?」


「不出来な弟子の見張りだ」


 一喝されて、地下水路にはお兄様が同行することを約束された。取り分が減るじゃん……。


 様子を見ていたエイガが小さく笑った。


「イカルガ様も素直じゃないな。ユーリアが心配なんでしょ」


 笑うエイガをひと睨みしたお兄様が、エイガに問うた。


「……ユーリアが地下水路なんてものの存在を知っているのは、エイガがなにか吹き込んだのか? 君の兄たちは地下水路の常連だったと記憶しているぞ?」


 お兄様に詰め寄られたエイガはいろいろ言い訳して、用事を思い出したと逃げ帰って行った。素直に開き直らないと。嘘だとバレるよ。エイガと思っていると、そんなわたしの気持ちを読み取ったのかお兄様に睨まれた。



「……はぁ。装備はこちらで準備する。勝手に一人でその格好のまま地下水路に入ろうと思うなよ? 地下水路に入るには登録が必要だからな?」


 お兄様に釘を刺されて、わたしはおとなしくお兄様と地下水路に潜る日を待つことにした。……と言っても、お兄様と会う予定は二日後だ。それまでは森で果実を多めに取って売ることにした。少しでもお金稼ぎをしないとね。






「お待たせしました。お兄様」


 二日後、わたしが準備万端で森に到着すると小さくため息を吐かれた。装備と呼ばれる服装を着させられ、お兄様の魔術具の確認をされた。納得したようにお兄様が頷き、お兄様の先導の元、街に戻った。靴があるって足が痛くない。すごく便利だ。それに、服が破れていないってすごくいい。道中、説明を受ける。


「……一応学院の敷地内からも地下水路に潜る道はある。ちなみに、今回は街の中から潜る。大通りに向かうぞ」


 街の中心を南北に走る大きな道。ここで迷子が生まれるんじゃないかと思うほど道は広い。馬車は何台でもすれ違える。普段、わたしは小道を使うようにしているから、大通りに行くのは久しぶりだ。道の両端に露店が並んでいる。市だ。果実を売るにくるときは、ここの商人に卸すようにしている。この道沿いの商人は良心的だから買い叩かれにくい。お兄様が向かうのは、わたしが普段あまり向かわない街の西側だ。ついていくと大きな建物があり、看板に「迷宮入り口はこちら」と書いてある。

 お兄様が扉を開けてその建物に入り、わたしが入るのをドアを押さえて待っていてくれる。


「ありがとうございます」


 自然にドアを閉めたお兄様に、わたしはお礼を言って建物の中を見渡した。テーブルと椅子がいくつか並び、ガタイのいい男たちが酒を飲んだり団欒したりしている。奥に目を向けると、若い女性が細長い机の向こう側にいる。受付だろうか。酒を売っている売店のような物、買取と書いてある場所。入り口すぐ横には掲示板のようなものもある。きょろきょろしていると、お兄様に手を掴まれた。そのまま腕を引かれ、受付の女性のところに連れていかれた。


「あら? イカルガくん! 久しぶりじゃない? 今日は?」


 お姉さんにそう親しげに声をかけられたお兄様の姿に、嫌な気分になる。わたしと違って綺麗なお姉さんには優しくするんだと思い、じとーっとした目で見ていると、お兄様がわたしの方をみて軽く笑って言った。


「今日は彼女の利用者登録を……君はどんな表情をしているんだ。君が地下水路に潜りたいのだろう?」


 お兄様に言われていろいろと用紙に記入した。本名は正しく書き、ユーリア・ソレガノと記す。そういえばお兄様の苗字ってなんだろうと思いながら、記入した用紙を提出した。


「彼女は私と一緒でないと地下水路には潜らせない。一人で来たら追い返して私に連絡が行くようにしてほしい」


 色々と決めたお兄様が登録料を勝手に払う。


「あ、お兄様! わたし、一応少しはお金を持ってきました!」


「それは自分で貯めておけ。ちょうどいいから、ここで金銭を預ける方法を学ぶのに使おう」


 そうわたしの反論を無視して、いろいろな書類を書き上げ、お兄様がメダルのような物を首から下げてくれた。


「君の利用者証だ。無くさぬように首に抱えておけ」


 登録が終わったようで、腕を引きずられ次に連れて行かれる。隅に置いてあった四角い箱にメダルをかざすと、出金や入金等の表示が現れた。


「君のような幼い者が大金を持つのは危ない。この魔術具を使えば、金銭を預け入れたりできる。利用者同士の場合、金銭のやり取りはもっと容易になる」


 貸してみろと言われ、メダルを差し出すとお兄様が胸元から取り出したメダルを合わせ、わたしのメダルが光る。


「承認しろ。念じるだけでいい」


 お兄様に言われて、承認と念じた。すると、ピロンと音がして、声が響いた。


「百圓、入金されました」


 キョロキョロと見渡すとお兄様に言われた。


「やりとりをした者にしか音は聞こえない。確認しておけ。君の持ってきた数銭と今送った金額が入っているだろう?」


「お兄様? このお金。どうやって返せばいいんですか?」


 大金すぎてお兄様にそう言うと、お兄様が小さく笑って言った。


「取っておけ。君の論文への正当な評価と優勝祝いだ」


「え!? こんなに大金受け取れませんよ!?」


 わたしが焦ってそう言うと、お兄様は無視して次に向かった。慌てて走ってついていく。


「ここは獲得した物を売る場所だ。妖の素材を獲得したら売るといい」


「素材? 妖って倒したら消えるんじゃないんですか?」


「消えない。一撃で倒したら消えるが、少しずつ剥がしていくと獲得できる。いい訓練になるだろう」


 お兄様が満足げにそう言った。え? 訓練……? 意味が理解できずに首を傾げていると、少し歩いた先のお兄様から声がかかった。


「次は地下水路に入る。用意はいいか?」


「待ってください! お兄様」


 慌ててお兄様の後を追う。お兄様が開けてくれた扉を入ると、地下へと続く階段に繋がった。お兄様が扉を閉めると暗くなる。慌てて魔術を使おうとすると、お兄様が先に魔術を使った。


「ここではまだ妖は出ない」


 そう言って明かりを宙に浮かせたお兄様の先導で、わたしの、初の地下水路冒険が始まったのだった。

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