第18話 挑戦

 エイガとお兄様と鍛錬を続けて、武闘大会の日が来た。わたしも齢五歳となり、身体も少し大きくなった気がする。


 去年同様、お兄様が迎えにきて、ばあやに心配された。お兄様に「大切にするように」と言われてから、わたしはばあやに一層甘え、愛を伝えるようになった。ばあやも同様に愛を返してくれていると思う。


「お嬢様。お気をつけて。婆はお嬢様のご無事だけを祈っておりますからね」


「ありがとう。ばあや。ばあやだけがわたしを心配してくれる。わたしの大切な人。絶対に無事に帰ってくるからね。……もしも優勝できたら、長が養女にしてくれるって言ってるの」


「え……」


「ばあや。家を出て、わたしに着いてきてくれるか、考えておいて欲しい。返事は急がないから」


 困った表情を浮かべたばあやにそう言うと、ほっとしたように息を吐き、わたしの頭を撫でてくれた。


「お気をつけて」







「……あれ、うちの馬車です。裏口に回りましょうか、お兄様」


 浮かない表情を浮かべていたお兄様に、わたしは首を傾げて見上げた。


「……そうだな。その、きっと君の乳母は君に着いてきてくれる。だから、今は試合に集中するんだ」


「はい。お兄様」


「君は強くなった」


「はい」


「絶対に勝てる。私が保証しよう」


 そう優しく笑って、頭を優しく叩いてくれた。前世も合わせてそんなことをしてもらった記憶がなく、思わずむず痒い気持ちになった。少し顔が熱いような気がして、慌てて首を振る。子供扱いされて嬉しいなんて、前世の年齢も併せたら大人もいいところなのに、恥ずかしい。そう思いながら、裏口に向かうお兄様の後を追ったのだった。





 初戦。今回も処刑人は参戦している。まだ、女性用の控え室に入ったから、まだ出会っていない。

 初戦の相手は普通の男性という外見だ。きっと魔術の使い手だろう。……見た感じ、そこまで強くはなさそうだが、油断はできない。初戦でわたしの全てを見せるわけにはいかないが、負けるわけにもいかないのだ。去年同様、身体強化からの目眩し、ライトの魔術で斬撃という方向性で様子を見て、結果を見てそれからの技は判断しよう。



 会場の注目を感じる。

「去年もあの子、いなかったか?」

「童女か。つまらぬな」


 そんな声が嫌でも耳に入ってくる。意識を切る。練習通りに。意識しすぎず。いつも通りに。


「試合開始!」


 そんな声をどこか遠くに感じながら、閉じていた目を開き。魔力を身体中に流す。そして、身体強化。目眩し。術を重ねがけて、わたしは相手の後ろへと飛んだ。


「消えた!?」


 きょろきょろと見渡す試合相手の後ろから、ライトと力をあわせる。


「斬撃」


 小声でそう呟き、技を発動する。試合相手は振り返ることもなく、きょろきょろとしている。これがわたしを油断させるための技術なら、油断ならない。そう思いながら、魔術を打ち込んだ。



「ぐはっ」



 背中から斬撃をそのまま喰らった相手は飛んでいった。受け身を取ることなく、地面に叩きつけられる。


「え……?」


 わたしが思わずぽかんと呆気に取られていると、審判が相手選手を覗き見て、宣言した。


「……童女の勝ち! これは、初戦から展開が読めなくなってきた!」


 審判の興奮と反対に、会場からは負けた選手へのブーイングが響く。


「あんな童女にまけるなど、情けない」

「あの選手よりもまだ現役を引退したといえども、儂の方が強い」


 会場をふと見上げると、長の横でこちらを見ているお兄様と目があった。一瞬、何か言いたげな表情を浮かべてから、小さく頷いてくれた。勝利を祝ってくれたんだと思う……多分。どこかお説教の気配を感じたのはきっと気のせい。







「先ほど大人相手に健闘した童女と、武闘大会の常連、この男だ!」


 相手選手の登場に会場が沸く。有名な選手らしい。……そこまで強くは見えないが、油断はしないようにしよう。


「ここは子供が来ていい場所じゃないんだぜ? お家に帰って母上にでも慰めてもらいな」


「……」


 相手選手は首をゴリゴリと回しながら、わたしに向かってそう挑発する。わたしは無視を決め込み、相手の身体を見上げる。魅せるための筋肉なのか。無駄の多い気がする。わたしがそう思うのは、いつも一緒にいるお兄様を基準にしているせいなのだろうか。そう思いながら、魔力を集める。先ほどと同様の作戦で様子を見よう。手の内はあまり晒したくない。


「試合開始!」


 そんな声が響いて、わたしの第二試合は始まった。


 身体強化し、目眩し。先ほどと同じ流れなのに、相手選手はきょろきょろと動揺している。先ほどは後ろから攻撃したせいか、後ろばかりをみている。それならば、前から攻撃するまでだ。……さすがに避けられるかな。そう思いながら、斬撃を放つ。


「ぐおっ!」


 首が後ろを向いたまま、勢いよくお腹に攻撃を受けた試合相手は、遠くへと飛んでいって落ちた。


「……ライト、あれ、死んでないよね?」


「我が主人、もしかしたら手加減が必要だったかも知れぬ」


 ライトにそう言われて、わたしが顔色を悪くしながら審判の判定を待つ。


「……戦闘不能。童女の勝利」


 静かに告げた審判の声に、会場は静まり返った。


「偶然、か?」

「偶然が二度もあるか?」


 小さなざわめきを残した会場に一礼して、わたしは控え室へと戻った。……試合が全て終わったら、お兄様に習って作った回復薬、あの人に差し入れに行こう。







 三戦目。相手は、魔術の使い手だ。防御が得意で、しかしながら物理的な打撃も強い相手らしい。


「想定外の進撃を続ける童女と、魔術と武道の混合技といえば、この男! 師範代だ!」


 試合相手の登場に、会場は盛り上がり、野太い声が響く。そうか、ここにいる女性はわたしだけだ。


「怪我させたらすまぬな」


 そう言ってきた師範代に、わたしは小さく頷いて見せた。師範代は、声を出し、気合を入れている。


「試合開始!」


 先程の作戦は効くのか、身体強化と目眩しをかけて、斬撃を打ち込んでみた。すると、結界のような壁に跳ね返され、わたしは横に飛んだ。


「びゅん!」


 先ほどまでわたしのいた場所に、拳が飛んだ。反撃のチャンスをそこに決めていたらしい。試合が面白くなってきた、わたしはそう思って小さく笑った。


 空高く飛び上がり、斬撃を連発した。すべて跳ね返されたが、最初よりも結界のようなものが小さくなった気がした。物理で削るしかない。そう思ったわたしは、マーシーに頼んだ。


「マーシー。あの結界、壊せる?」


「もっちろんよ! ご主人様!」


 そう言ったマーシーは、大きな火の玉を作り出し、相手に向かって投げた。


「うわ!?」


 突然の火の魔術に、相手は声を上げた。そして、マーシーの火の玉は結界を焼き切った。


「身体強化。目眩し」


 わたしは、師範代の後ろに周り、身体強化を最強まで上げた。


「はぁぁぁぁ!」


 拳を前に出し、思いっきり突いた。


「いつのま、ぐふっ」


 わたしの方に顔を向けている途中だった師範代はそのまま飛んでいった。



「……戦闘不能。童女の勝ち」


 審判のその宣言に、会場がざわつき、その後、小さく歓声が上がった。



「すごいぞ!」

「どこの娘だ!?」


 そんな騒ぎに一礼し、会場を出た。お兄様が小さく手を叩いてくれているのが、見えた気がした。




「童女選手。次は、決勝です。相手は……」


 武闘大会の運営の係がわたしの元に話にきた。そうか、ついに……。前回の恨みを果たす時。


 わたしは、顔を上げ、試合会場へと向かった。




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