第17話 御礼

「ユーリア、イカルガ様。先日はありがとうございました」


 森にきたエイガは、わたしとお兄様に頭を下げた。


「母上から、お礼の品をお渡しして欲しいって」


 照れた様に包みを取り出したエイガに、手を差し出すと包みを置いてくれる。


「これは……?」


 わたしが首を傾げると、エイガがお兄様の分の包みを解きながら教えてくれる。


「母が実家から持参した物です。イカルガ様のこちらは、武器となる魔術具です。このように持って、このように投げます」


 お兄様は飛んでいって木に刺さったそれを面白そうに眺める。そして、興味深いと呟きながら、魔術と併用してどう扱うか悩み始めた。


「あと、ユーリアには、これを。僕は武器の方がいいかなと思ったんだけど、母上がこっちがいいって」


 エイガと母親の関係が良いことにほっとしながら、少し胸がささくれ立つのを感じた。そんな気持ちを飲み込み、わたしはエイガが包みを開けるのを眺める。


「紅だって。頬につけても唇につけてもいいらしい。僕にはよくわからないけど、女の子のユーリアには使い道があるはずだって」


 前世で女王だったときに紅は使っていた。しかし、この世界で使い方を教えてくれるはずの母親は、わたしに興味がない。そんなものを与えられたことのないわたしは、なんともいえない感情を押し殺し、エイガに笑みを浮かべた。


「ありがとう。もう少し大人になったら、使ってみるね」


「うん。ぜひ紅をつけたユーリアの姿を見せてね」


 エイガに肯定の返答をしようとしたところで、エイガの頭をお兄様が思いっきり叩いた。


「いっ痛い!?」


「エイガ。お前、ユーリアを娶るつもりか? ひょこひょこで歩いているユーリア相手だから忘れがちだが、その言葉は婚約に値する。直ちに撤回しろ」


「な!? ご、ごめん! ユーリア。僕、そんなつもりはなかったんだ!!」


「ごめん。わたしも意味が分かってなかったから、普通に返事をするところだったよ。お兄様、ありがとうございます」


 わたわたとした後、エイガは荷物をまとめてすぐに帰って行った。その後ろ姿を見送り、お兄様がわたしの方を見てため息をついた。そして、わたしの頭の上に手を乗せ、優しくポンポンと叩いた。


「な!?」


「エイガには優しい母親がいるが、君にはあの乳母がいるだろう? ……私にもいた。そういう人間を、大切にするといい」


 母親の愛。子供にとって絶対に安心であるべき場所。わたしにとって、そこは危険地域だ。エイガの母の愛を見て、感じて、わたしは寂しく、羨ましくなっていたようだ。


 乱雑にわたしの頭を撫で続けるお兄様の手が心地よく、わたしもそのままされるがままになることにしたのだった。

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