第16話 捨子

「離せ! 父上! 僕は学院に行くんだ! 離せ!」


 わたしがいつものように森に向かおうとすると、聞き覚えのある声が大通りの方から聞こえてきた。


「エイガ……?」


 わたしがそちらに向かって駆け出すと、エイガが綺麗な服を着た男性に引きずられているところだった。


「お前は兄たちと違って、無能だ! そんな子供など生かすだけ無駄だろう?」


「僕だって、僕だって、鍛錬している! 強くなっているんだ!」


「は、無能が努力したところでタカがしれている」


 エイガを引きずって向かう先は、違法な取引の多い裏路地だ。もしや、人身売買!?と思い、わたしは声をかけた。


「何してるの!? エイガを離して!」


 振り返ったその男は、わたしの服装を見て顔を顰めた。


「きったない……なんだ? お前は。どうせ魔術も使えない小娘だろう!?」


 そう言って、わたしのことを思いっきり蹴飛ばしてきた。


「ユーリア!?」


 エイガが悲痛な声を上げる。覚悟していなかったところの打撃だ。回避できず諸に受けた。軽く咳き込む。素足のせいか、足が痛み、血が滲むのが見えた。


「ライト、力を貸して」


 ライトの力を借りて魔術を展開しようと、魔力を集める。小さく手が震え、喉が乾く。いつものように魔力が集められない。エイガの命を守れるのは、わたしだけだ。そう思うとより一層震えが増し、魔力が散る。


「あれ、なんで、はやく、はやくしないと、エイガが……」


「なんだこの小娘は。気味が悪い。お前もこんなのと付き合うからダメになったんじゃないか?」


 エイガにそう言い放ち、エイガを引きずってわたしの前から立ち去ろうとする。ライトの「落ち着け、我が主人」という声が遠くで聞こえる。


「エイガを助けないと、エイガ……」


 そう思っても手が震える。あの処刑人と戦った時の方がまだ、魔術を使えた。あの敗北の経験がわたしを躊躇させているのか。悔しい。そう思うと、視界がぼやけてきた。そんなわたしの涙を、小さな嘴が吸った。


「ご主人様、リラーーックス、落ち着いて? 大丈夫。あたしたちはここにいるわ。ほら、わたしの炎、感じる? 大丈夫。落ち着けば絶対できるわよ。あんなに練習したんでしょ?」


 マーシーのその言葉に、今までお兄様と鍛錬した光景が脳裏に高速で流れた。大丈夫。わたしはあんなに練習した。わたしなら、できる。

 マーシーの炎を感じながら、わたしは魔力を集める。魔術が展開できる。身体強化できる。いける。


「いけるじゃん! ご主人様!」


 口笛を吹きながら、マーシーが魔術を手伝ってくれた。安心したように、ライトも動き始めた。


「妾も手伝おう、我が主人」


「ライトったら、おっそーい! ご主人様のピンチだったんだから、ちゃんと助けないと? そのための契約、でしょ?」


「……すまない、恩に切る」


「なぁに? 聞こえなかったぁ! もう一度、大きな声で、プリーズ!」


「煩い! 黙れ、鳥! 今は我が主人の手助けだ!」


 いつもながらくすくす笑うマーシーとそれにイラつくライト。そんな二匹を見ながら、わたしは身体中に魔力を纏わせる。


「身体強化。マーシー、力を貸して!」


「おっけー!」


 身体強化し、裏路地に入ろうとしたエイガと父親の前に跳んだ。いきなり現れたわたしに驚愕の表情を浮かべたエイガの父親に、わたしはにやりと笑ってマーシーの力を借りた。


火竜降臨フレア・サークル


 炎がエイガの父親の周りを回る。驚いた父親が、エイガから手を離し、わたしはエイガに駆け寄る。


「エイガ! 大丈夫!?」


「ありがとう、ユーリア……相変わらず、強いね。これでもうちの父親は街の中でもかなり強いんだよ」


 諦めたように笑うエイガを後ろに隠し、わたしは水魔術を使って炎を消したエイガの父親と向き直る。


「この小娘が! 少し驚かせただけで調子に乗りおって……」


「エイガ、あなたのお父様を怪我させてしまっても、いい?」


「うん……でも、ユーリア。無理だと思ったら、早く逃げて。うちの父親は、高位だから」


 小声でエイガとやりとりする。前に処刑人に当たらなかった、ライトの技。それを展開して見せる。


「身体強化。目眩し。ライト、いくよ?」


 鋭い金属の刃を出現させ、エイガの父親に向かって攻撃する。


「はぁぁぁぁぁぁぁ!」


「ふん。これしき」


 刃は全て避けられ、わたしは襟元を掴まれた。


「くっ、」


「ユーリア!」


「この小娘め! うん? 身に合わぬ魔術具をつけているな?」


 わたしの腕についていた、お兄様からもらった、新しい身を守る魔術具。それに目をつけたエイガの父親は笑って、それを奪った。


「か、えして!!」


「ふん、こんなもの、潰してやるわ!」


 奪った魔術具を地面に捨て、踏み潰した。一瞬空間が歪み、わたしはエイガの父親の手から落とされた。


「うちの弟子に、何か用か?」


「ひっ、あなた様は!」


 突然目の前に現れたお兄様が、わたしを庇うように立った。


「あぁ。フジーリ殿か。お宅のご子息に稽古をつけさせてもらった。どうだ? 実力が伸びているだろう? エイガの学院入学を楽しみにしているぞ」


「……あ、ありがたき、あの、イカルド様。うちの兄たちはエイガより優秀でして、エイガよりも彼らに、ひぃ!」


 満面の笑みのお兄様を見て、エイガの父親は震えた。


「うちの弟子の良き好敵手、エイガよりも? エイガ。お前は売り払われそうになっていたのか。高位の者が有能な男児を売り払うのは罪ではないか? フジーリ殿」


「そ、それは、あの」


「あと、我が弟子に貸し与えていた魔術具。あれの弁償も頼まねばならぬな」


「も、申し訳! 申し訳ございません、イカルド様! エイガ、帰るぞ!」


 慌てて立ち去っていくエイガの父親と、こちらを振り返って頭を下げてから立ち去るエイガを見送り、わたしはお兄様と向き直った。


「ありがとうございました。お兄様」


「君は……実践経験が弱く、攻撃パターンがワンパターンになっている。それに、まだ高位の者に勝てぬのに、戦いにいくな。まったく……鍛錬の課題が増えたな。覚悟しておけ」


 お兄様のそんな言葉に悲鳴をあげながら、お兄様の立場に疑問を抱いたのだった。




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