第12話 初戦

「試合開始!」


 自分のトーナメント表を見た時に、その不運さを恨みたくなった。お兄様が警戒していた処刑人という人と、一発目で当たったのだ。ニヤニヤしながら、手に持った鎌をわたしに向かって振り上げようとするその姿は、処刑人の言葉がぴったりだった。


「……身体強化と目眩し」


 わたしが術を作動させ、処刑人の後ろに回り込んで、一撃殴った。幼女の素早い行動は相手の意表を突いたらしく、一撃はうまく入った。しかし、手応えはなかった。大木を殴ったような微動だにしない処刑人が目を丸くして振り返った。


「おっと、幼い姿で大男に仕掛けた。ダメージはなさそうだが、一体どうなるのでしょうか! この試合は!」


 実況を担当する人のそんな声に、わたしは考えを巡らせる。奇策を最初に持ってくるのは想定外だったが、相手が油断している今しかチャンスがないと思ったのだ。処刑人は、戦わなくてもわかる実力だった。ただ、魔術への適性はなく、腕力一本という言葉がぴったしな、丸太のような腕に大きな鍛え上げられた肉体。もう少し、魔術系の相手なら多少健闘できたかもしれないと思いながら、わたしは次の術を唱えた。


 草が地面から育ち、相手を拘束する。その隙に攻撃を加える予定だったが、暴れる大木を抑えることのできる草なんて、あろうか。一瞬の拘束の末、草たちは無惨に引きちぎられた。ライトの魔術を使った鋭い攻撃は、相手に届かず宙に消えた。


「ちょこまかと、小さくて潰してしまいそうだ」


 そう言ってにやりと笑った処刑人が振り下ろした鎌は、間一髪のところで地面の突き刺さった。衝撃で円形競技場コロッセオの地面は大きく揺れた。観客の興奮も高まり、円形競技場コロッセオ全体が熱気に包まれている。わたしは一瞬思案し、空に駆け上がった。わたし一人の攻撃が届かないなら、魔術と物の落ちる力を組み合わせるしかない。目眩しの術と身体強化の術をかけ、空までたどり着いたわたしは、魔術で出現させた刀を固く握り、処刑人に向かって飛び落ちていった。


「えぇぇぇい!」


 甲高い、幼児特有の声が競技場に響く中、わたしは魔術を展開する。身体強化を解除し、目眩しを残したまま、刀に魔力を込める。


あと少しで処刑人に届く、その瞬間、目眩しを見破った処刑人が、わたしに向かって素早く鎌を振り払った。防御も取れぬまま、攻撃を受けることとなったと思ったら、魔術具が作動し、わたしの身体を包む。その様子を目を見開いて見ていた処刑人の姿がやけにゆっくりと流れていった。わたしはそのまま白旗をあげる。あらかじめ渡された魔術具で、白旗をあげると白い光が空に打ち上がっていった。


童女わらわめが白旗を上げた! あの攻撃を受けて、無事なのか!? ……無事だ! 間一髪攻撃を避けたが、その実力差に幼子は逃げ出す! 一回戦、処刑人の勝利!」


 本名を使う者は少ないらしく、通り名や愛称のようなもので登録できるらしい。わたしは、童女わらわめで登録を行った。相手は処刑人で行なっていたようだ。今だにわたしを好敵手を見るような目で見ている処刑人の姿に悪寒を感じながら、わたしは立ち上がって退場口に向かう。人死にを見るのを楽しみにしていた観客は不満そうだが、幼女が無惨に殺される様を見たい者は少なかったようで、表立って文句を言う者はおらず、助かってよかったと言うような声が響いている。そんな屈辱に耐えながら、わたしは控え室へと戻った。戦った処刑人以外には、わたしの行動は幼子の悪あがきに見えたようで、他の出場者がわたしに声をかけることはない。控え室に入ると、いつの間にか後ろにいたお兄様が、頭を優しく撫でた。


「よく、無事に戻った。長も今回の善戦に満足なさっている。推薦資格を与えることはできないが、来年の武闘大会の参加を認め、そこで結果を残すようにとのことだ。今回は相手が悪かったが、処刑人も君の動きには驚愕していたようだ」


 そこまで言われたところで、悔しさから涙がこぼれ落ちた。


「お、にいさま……せっかく、教え、て、いただいた、のに、わたし、負け、ました」


 号泣しながらそう言うと、お兄様がわたしに視線を合わせて言った。


「長も、さすがにこの短期間の特訓で大人に勝てるとは思っていなかった。今回の結果次第で、来年の武闘大会に参加させ、そこで推薦を考えようと思っていらしたのだ。その関門を無事突破したのだから、誇っていい」


 お兄様の声掛けでしゃくりあげながら、わたしは武闘大会を後にしたのだった。

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