第13話 友人
「お兄様、この技に魔術の効果を組み合わせて、新しい技になりませんか?」
「その視点は新しいな」
魔術の研究、実技の修行、それぞれをこなしていく日々は、わたしにとって斬新で充実していた。
「お兄様。次は、明後日で合ってますか?」
「あぁ。昼の鐘が鳴った後に集合だ」
お兄様は紳士で、いつもわたしを屋敷まで送り届けてくれる。わたしが中位の家庭育ちと知る前も知らない前も、わたしの前世を知っても態度を変えることなく面白がってくれる。そんなお兄様のわかりにくい優しさに、親からは与えられない愛情を感じていた。
「だ、だ、誰か! 助けて!」
森でお兄様がくるのを待っている時、“ここより奥は危険だから入るな”と言われた方向で、子供の声が聞こえた。一瞬、躊躇したが、わたしはお兄様宛の書き置きを置いて、石で押さえて森の奥へと駆け出した。
「誰かいるの? 大丈夫?」
わたしの張り上げた声に、反応するものはない。いつもわたしの周りを飛んでいる、小さな鼠さんが焦ったように手を向ける方向に、わたしは駆け出した。
「た、たすけ、」
服が半分破れた状態で、男の子が
ぎゃあ!?
小さく悲鳴をあげたその
わたしの魔術が次々と当たるうちに、
「大丈夫だった? 怪我、してない? なんで一人でこんなところにいるの?」
ぐずぐずと泣きながら、男の子は怪我がないことを教えてくれた。かすり傷程度はあるが、魔術で水を出してかけてあげると綺麗になった。
「君、だって、ひとりで、いるじゃないか」
同い年くらいと思った男の子は、本当に同い年だった。結構いい家の生まれのようで、上に兄が三人いるから、きちんと魔術師になれるように修行の一環として森に捨てられたと言った。一人で帰ってこれたら、認めてもらえるって、でも、道がわからなくて、と泣く男の子に同情して、わたしは尋ねた。
「わたしはユーリア。あなたは?」
「僕? 僕はエイガ。エイガ・フジーリ」
「ユーリア!?」
焦ったようなお兄様の声が聞こえて、わたしは返事をした。
「お兄様!」
わたしの声で気がついたようで、奥の木がぐらりと揺れたと思ったら、お兄様が現れた。
「無事か!?」
「お兄様!? 木が……」
一瞬で切り捨てられ、音もなく倒れた木を見て、わたしはお兄様の強さを今まで理解したつもりになっていたことに気がついた。想像よりもはるかに強い。お兄様と自分の実力さに少し悔しくなった。
「ユーリアの……お兄様?」
こてりと首を傾げるエイガに、お兄様が一瞬目を細めて映画を見定めるように確認した。
「……人だな。よし、君たち。早く戻るぞ。ここは危険だ」
お兄様がそう言ってわたしとその子を魔術でふわりと持ち上げた。持ち上げられる方はドキドキとしているが、お兄様は平然とスタスタと進んでいく。
「……お兄様! 怖いです!」
「私の禁じた森の奥に一人で入った愚か者を優しく抱き抱える趣味はない」
わたしの異議申し立ては全て切り捨てられ、いつもの森の訓練場まで戻ったのだった。
「まず、なぜ君はあんな森の奥にいた。あそこはものの一刻で気が狂うと言われるほど危険な場所だぞ」
「え、えっと、あの……」
お兄様に詰められ、エイガが森の奥に捨てられた経緯を説明した。一度ため息をついたお兄様は、エイガの頭をぽんと撫で、同情したように家を出る方法をいろいろと考えてくれた。しかし、エイガは小さく首を振り、家に戻ると言った。
「……今までご提案いただいた案よりも、家に戻った方が将来につながると思います。我が家はそれなりの大きさなので。それに、妹がいるんです。彼女を守る人がいなくなってしまいます」
エイガの言葉にお兄様が小さく息を呑んだ。そして、優しく微笑んで頷いた。
「エイガ。君の選択は立派なものだ。ただし、命の危険を感じたらすぐに逃げろ。幼い優秀な術師が減る方が全体的に見て痛手だ」
「ありがとうございます」
礼を言ったエイガとお兄様を見守っていたら、お兄様の視線がこちらに向いた。
「ひぃ!?」
お兄様の視線が鋭く、お兄様の怒りを感じて小さく震えた。
「さて、君はなぜ、私との約束を守らず、一人で森の奥に入った? 理由次第では、今後の訓練内容を考慮する必要がある」
「あ、あの……エイガの助けを求める声が……」
「人の子のフリをする妖の話はした記憶だが、この頭の横についている耳は飾りか?」
「このっ、暴力お兄様! 」
耳をぐりぐりと引っ張られ、わたしが悲鳴をあげる。
「で、でも、実際エイガがいたじゃないですか!」
「……君は。私と待ち合わせしていること、その場で待っていたらすぐに私が現れること、忘れていたのか? 私がエイガを助け出すのが一番安全で効率的だっただろう?」
わたしの両頬を手で挟んで、しっかりと目を合わせてそう説明するお兄様の言葉は正論で、わたしには反論の余地などなかった。そぅっと目を逸らして、口を開いた。
「……お兄様を待っていたら間に合わないかと思いました。それに、正直お兄様のことを少し忘れていました」
「君は! 訓練は厳しいものに変えさせてもらう! 君の書き置きを見たときの私の気持ちがわかるか!?」
お兄様にほっぺをぐりぐりとこねくり回され、いひゃいいひゃいと声をあげるわたしが、さりげなくお兄様に蹴りを入れようとしているのを見たエイガが小さく吹き出した。
「ははっ、本当にお二人は仲のいい兄妹なんですね」
「「兄妹じゃない」」
「え、それだけ似ていて、兄妹じゃないんですか? ユーリアはお兄様が助けてくれるとわかっていて僕を助けに飛び出したし、お兄様はユーリアが危険なことをするのが心配でたまらないのでしょう?」
笑いながら指摘されたエイガの言葉に、わたしたちは顔を赤くして視線を逸らすことしかできなかった。
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