第8話 特訓

「待ったか?」


「いえ、今来たところです。お兄様」


「では、始めるぞ」


 お兄様が髪を一つに結び直し、わたしは姿勢を正した。


「その前に宿題だ。きちんとやってきたか?」


「あぁ、あの魔術の概念についての話ですか? 一応魔術と精霊の関係性が……」


「……そうか」


 お兄様が顎に手を当て、何やら考え込んだと思ったら、胸元から紙束のような物を取り出し、さらさらと書き留め始めた。


「では、お兄様。魔術の鍛錬を……」


 久々の大規模魔術に胸を躍らせていると、お兄様が「ふむ」と言って、何やら書き留めていた紙から顔を上げた。


「いや。先にここの精霊との関係性だが、」


「え?」


「君は精霊からの力を借りて魔術を使うと考えているようだが、その根拠は? 具体的に明示されていないだろう。このままだと論文としての形式をとらないぞ」


「え? いや、論文なんて書く時間も書くつもりも書くための文房具代もありませんが?」


「……研究のために必要な経費だな。よい。文房具に関しては私が負担しよう。どちみち、学院に通いたいのなら、文字の練習や基礎的な学力は必要だ」


 ぶつぶつ言っているお兄様に、わたしは問いかける。


「あの、学院に通うにしてもまず、武闘大会に向けた鍛錬が必要になるのでは……?」


「……次回までに、精霊を可視できることの問題点、並びに君ならではの視点でいいから精霊を可視できることの強みを論文形式で書いてきてくれ」


 わたしの話なんて聞かず、懐から出した紙束を差し出してくるのを必死に押し返す。


「わたし、精霊が見えなかったことがないので、強みなんて思いつかないんですけど? というよりも、論文を書いている時間はないんですって!」


「精霊が見えなかったことがない……それは、君のいう前世でもか?」


「はい」


「そうか……」


 黙ってしまったお兄様に、論文を書けないという主張をもう一度しておかなければならない。


「お兄様。わたし、本当に論文を書いている時間はないのです!」


「走り書き、メモ書き程度でいいから君の視点をメモしてきてくれ」


 受け取らないと話を聞いてもらえない。その可能性が高いと痛感したわたしは、一度ため息を吐いて紙束を受け取った。


「できたら書いてきますから。それよりもいい加減、鍛錬をお願いします!」


「そうだったな。では、まず魔術の基本の魔力の動かし方は……わかっていそうだが、一応必要か?」


「ばあやに習いましたが、学院でのやり方も知っておきたいです。お願いします」


「わかった。……一番効率的な方法でいこう。では、手を出せ。わたしの手を握るんだ」


 殿方の手を握ったなんて知られたら、ばあやが卒倒すると思いながら、お兄様に手を重ねる。どこか安心するお兄様の手に自分の手を合わせると、お兄様の優しい魔力の流れを感じた。


「あ、わかりました!」


 教え方はばあやと一緒だった。しかし、お兄様の魔力量の方が多いからだろうか、より効率的に魔力を流す方法を理解できた気がした。


「……君は驚くほど魔力が多いな。この年齢でその魔力量……大人になったらいったいどれほどの魔術の使い手に……」


 目を丸くしたお兄様の言葉に、わたしの価値を初めて認めてもらえた気がして、少し嬉しくなった。


「では、次に」


 お兄様がそう口を開いたことろで、鐘が鳴った。


「……もうこんな時間か?」


 お兄様の言葉を受け、わたしは慌てて果実の入った籠を抱き抱える。


「お兄様! ありがとうございました! 次の鐘までに戻らないと門が閉まってしまうので、わたしは先に戻りますね!」


「いや、共に戻ろう。魔力を使って体力を強化し、身体を早く動かす方法を教えよう。これは精霊の力を借りず、自力で行うものだから、しっかりと練習するように」


 お兄様が「これは預かる」と言って、わたしの手から籠を取り上げた。そして、魔力の流し方を教えてくれた。さっきの応用のようで、要領を掴んで実際に行って見せたら、お兄様はこくりと頷きわたしの速度に合わせて走り始めた。


「お兄様! すごく早く動けます!」


「それは良かった。ちなみに、この魔術は私が独自に考えたものだから、他人には決して教えないように」


 さらりとそう言ったお兄様の才能に驚愕しながら、そんな大切な物を教えてもらえた信頼に胸が熱くなった。


「お兄様が!? さすがお兄様ですね! すごいです! ……でも、お兄様。魔術の研究を先にしたら鍛錬の時間がすごく短くなったと思います。次回からは、研究はなしにするか、鍛錬を先に行なってください」


 なんとなく照れくさくて、照れ隠しのようにずっと言おうと思っていた苦情を言ったわたしの心を見通したかのように、お兄様は「ふっ」と小さく笑って口を開いた。


「善処しよう」

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